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夏は微量の毒を持つ

夏の空気にはごくわずか、人体に有害な成分が含まれてるんだろう。
その成分はわたしたちの心拍数をほんの少し速め、感情の幅を上下に2メモリずつ押し広げる。

わたしたちはそんな微量の毒に急かされ動かされて、一瞬の夏を過ごしてゆく。

夏に起こったことは、なんだかよく覚えてる。
家の隣にある田んぼにほたるがいて、家族4人でぼーっと光をながめたこと。
庭で花火をしたとき、花火が消えていく瞬間がやけに切なかったこと。
町内会のビアガーデン、なんだか大人たちがいつもより楽しそうだなぁと思ったこと。

少し大きくなると、楽しいことだけじゃない夏の思い出も増えた。
晴れない気分とは裏腹に、青空のなかで陽気に湧き立つ入道雲にすら苛立っていたこと。
日の長い夏でさえも暗くなった夜道、もう死んじゃえばいいんだって思って、自転車の上でぎゅーっと目を瞑りながら車がびゅんびゅん通る国道沿いを猛スピードで下ったこと。
結局転びも死にもしなかったし、できなかったんだね。

一人暮らしを始めた年の夏は、なぜか自分がひとまわりもふたまわりも大人になった気分でいたこと。
お盆に帰省する前の日は、過ごしやすい北海道の夏がわたしを全面的に肯定してくれた気がした。

夏が終わったあとにやたらぐったりしたり物悲しい気持ちになったりするのは、きっと暑さのせいだけじゃない。

何年後も、何十年後も、夏自身は涼しい顔をして微量の毒を振りまき続けるんだろうな。
何十年間も蓄積されたものは、だんだん重くのしかかって猛威をふるうのかもしれない。

それとも、慣れてなにも感じなくなるのかもしれない。
今年も暑いね、熱中症には気をつけようねと話して、いつか夏のあいだを穏やかで平坦な気持ちで終える日が来るのかな。

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