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ウイスキーを飲んだ夜「毎日投稿は正義」と胸を張れ

毎日投稿するんだと意気込んでたのに、なんでお酒なんて飲んでしまったのか。しかもウイスキーのロックなんて。
もはや眠い。お酒のせいかもう眠い。でも今日やれば1週間連続投稿になる。でも眠い。

どうにも考えがまとまらない気がしているので、いま考えてる「ポジティブ因果律」はさておいて、別の頭に浮かんでいることでも書いていこう。

noteをはじめて感じたことは、久しぶりに自分の声が聞こえてきたということ。お久しぶり。
若い頃はよくひとりごとを言っていた。その頃はブログを書いてたからか、頭の中でブログ記事を書いていた。
それが結婚してからその頻度は減っていって、声が聞こえなくなった。
それはどちらかといえばポジティブな話で、興味関心が自分ではない、外に向いたということだと思う。一人で暇を潰す時間がなくなったことも大きい。

それが、久しぶりにnoteをやって、自分の声が復活した。はろー。
ラーメンを食べながら、頭の中で記事にしている。散歩をしながら、文章を組み立てる。感じていることを言葉にする。周りだけでなく自分にアンテナを向ける。

それが案外楽しい。久しぶりの感覚。

ああ、アウトプットをサボってたなあとそんなことを思っている。
それで何か生まれるわけでないけれど、「楽しい」というのはいい感情だ。暇つぶしとしてもいい。

というわけで、この変化を維持するために、noteを続けたいのです。そのためにも、まずは投稿をしてみるのでした。

なんだろ、このまま終わると本当に何もない文章だな。
むむ。我にかえってしまった。
このアウトプットしてる自分に対してさ。「何つまらないこと書いてるの」という自分ツッコミは、なんだろうね。僕だけですか。
記事を書く「楽しさ」と、楽しく記事を書いている自分への攻撃の繰り返し。この感覚も久しぶり。

この自分ツッコミがなくなることはない気がする。自分という読者がツッコミしているのだ。
だから、もう心を無にして「毎日投稿は正義」と唱えて投稿するしかない。

・・・。

少しでも罪悪感を減らすために、Twitterで流れてきて感動してしまったweb漫画でも。アプリダウンロード不要、無料です。

「かけ足が波に乗りたるかもしれぬ」
菅野カラン

Twitterのこの感想も好き。

人文系の存在意義ってそうだよねと納得してしまいました。

ふう、自分への攻撃は軽くなったな。よかったよかった。

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