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14年前は、ただの芝生だった


 このプロジェクトの初期は、コニュニティーガーデンとして数人で軽い気持ちではじめました。しかし、農作業の大変さから、1人抜けまた1人抜けと、結果的にはすべての人が離れていきました。残ったのは私だけになり、気が付けば14年も農作業に携わることになりました。
 当時の参加したメンバーは、安易な気持ちで自家農園をしてみたいとか、自然を楽しみたいという、道楽の1つとして始めた人がほとんどでした。
 この現象は、日本でも都会に住んでいる人が、地方に行って農業をしたいという人の感情に似ているのかもしれません。理想と現実の境界線が解らず、自然の中に入っていけば違う自分に出会えると思った衝動に近いのかもしれません。
 
 農作業を14年通して感じたことは、人間の人知と自然界との呼吸をしなければ、成立しない世界であるということ。はじめのころは、自然の力に圧倒され、毎日が格闘で自分の時間と雑草の駆除に追われ想定外の事ばかりがおきていました。理想である家庭菜園とは程遠い、挫折と苦悩の連続の中で作業が続き時間を膨大に費やすことだけをしてきました。都会暮らしをしていると、想定内の中で解決し作業時間が予測できるのですが、自然相手では人間の人知では予想できないことが多く、日々の作業に追われていました。しかし、1年経ち2年経ち5年ぐらいすると、自然のリズムを少しづつ理解できるようになりました。農業の時間軸は、都会の時間軸とは違い1日や1ヶ月後というスパンでは見ずに、365日という長期のタイムスケジュールでプランを立てる壮大なプロジェクトであります。1年間、どのようにプランを立てるかによって、収穫量も違い収穫する作物も違う組み合わせのゲームでもあります。そのときの組み合わせによっては、前年度の2倍の収入にもなる自然と人知の駆け引きでもあります。前年度と同じようにやっても、今年も同じ収穫にはならないのが農業であります。これを安定供給させることが、人の英知の活用で生物学・地質学・天候のすべてを多角的に捉えてする化学に近いものが、農業だと思っています。大変なことの連続ではありますが、収穫時には挫折と苦悩が自己達成感になり、いままでマイナスであった感情が一瞬にしてプラスに変る、不思議な達成感に満たされます。
 「天からの恵み」という言葉がありますが、ゼロから物体を生み出す行為は、天に通じる対話なのかもしれません。その感覚は、都会での達成感とは違う満足感があり、言葉では言い表せない幸福感で満たされます。その境地を楽しむことが出来れば、自然界との呼吸の仕事をする第一歩なのかもしれません。
 戦後の日本は、都会での暮らしを良しとして、都会型の生活がインテリであり一番の幸福の人生であるとしてきました。しかし、その生活は人工的な空間で物質交換のやり取りだけで自己認識をして、達成感を機械的な感情で完結させる社会を作ってしまいました。知識だけが肥大化して、脳の情報処理をすることだけが仕事としてきた社会に、心の空洞化が自己の迷走に繋がり、人間という物体を不安定化にさせてしまいました。
 2024年は、大きな激動の時代が世界各地ではじまりました。個人の不安定と社会秩序の不安定が同時に起ころうとしています。その中で、個人がどのように生きていくのか、大きなテーマに問われています。何もないゼロから有にする力こそが、人が持つ最小であり最大の力なのかもしれません。
 自然界との対話は、動物的な感性を機敏にして本能が自己肯定する英知でもあります。実は、日本民族がつくる農作物は、世界トップレベルのモノを作ることができます。なぜ、他民族が作るモノと日本人が作るモノが違うのか? 諸説いろいろな解説はありますが、一番の理由は自然との対話ができる特殊な能力を持っているからだと見ています。

勤労精神が、世界を設計する


 話しは飛ぶようで、農業と共通しているものは刃物の世界であります。自然界の鉱物を溶かし、鉄を抽出して軟鉄とハガネを合わせる鍛造技術は、世界広しといえ日本人しか出来ない技術です。自然界のすべての力を、呼び起こし自然界の対話の中で刃物を作ります。単純に、熱を加えて叩いて加工するレベルは、世界各地にある鍛冶です。日本の鍛造技術は、天との対話の中でしか作ることの出来ない特殊な世界です。熟練された人は、技術を修得するのに何十年もかかり、自然界と人間の英知の一致点を探り出す人しかできません。その最高峰は日本刀です。美と殺気が同化して、異様な空気とオーラを発する刀は、ものでありながら意志が入り込んだ生き物になります。
 日本の農法は、うま味と美を兼ね備えたモノにすることができます。さらに、食文化に通じて世界のトップレベルの文化を作りました。
 この日本農法を北米で確率をして、世界にどのようにして出していくか、壮大なプロジェクトでもあります。いまは、Vancouverで実験農場ではありますが、この幾つかのデータが確立されたら、必ず日本農法が世界に出ていく時代が来ます。このプロジェクトは、日本人が日本人の手によって農法を世界に広げていくことであります。勤労精神と伝統を受け継ぎながら、日本の農法が世界を設計する時代のはじまりの歳だと思っています。

 日本人は、もう一度自分たちの文化を取り戻す必要があります。北米のグローバリズムや至上資本主義に踊らされるのではなく、日本は独自の価値観とスタイルで世界と一線を引いて民族の道を歩むべきです。他民族にない日本民族の特徴は、自然との共存が生活の柱にあり、自然と対話する英知を持っていることです。
 SDGsという言葉ができる前から、日本文明は循環型リサイクルシステムで社会を作ってきました。三徳農園は、日本の伝統と日本農法を実践をして、市場に出すまでが1つのプロセスとします。いまは、実験場ではありますが、リアリズムにある実験農園だと確信ています。
 この「文明の衝突」というタイトルは、政治学者のサミュエル・P・ハンティントンの著作ではありますが、これはまた次回に話します。








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