見出し画像

「彼氏が蛇をおいていった」19

 割れんばかりの拍手というものは、プレゼンでは珍しい。有名人の講演じみた、成功が確約されている登壇ならまだしも、一企業の一企画を提案する一プレゼンターに向けられる拍手というのは、こんなものだ。
 それでも、アイ・トリップ社と依頼元の芸能事務所、それから加賀野が緊張する原因ともなったアイドルグループのメンバーによって送られる拍手の中には、控えめながらもたしかな手応えと呼べるような感触があった。
 会議室の入り口側から見守ってくれていた荒牧のサムズアップを合図に自席へともどり、椅子にはかけないで相手方からの質問を待つ。
 会議室の円形になったテーブルのこちら側には、加賀野と宮部部長が座り、下座側にアイ・トリップ社、上座側にアイドルグループとその事務所のひとが座っている。
 荒牧は出入り口に近い席に浅めに腰かけ、なにかあったときはすぐに反応できるように神経を研ぎ澄ませているようだった。柔和にほほえみながら、瞳だけは鋭く会場全体の雰囲気を追っている。
 上がってくる質問はどれも想定されたものばかりで、そのすべてに危なげなく答えていく。唯一ボロが出てしまったのは、デザイナーに関する――つまり加賀野に投げかけられた――質問で、熱を入れこんでいるアイドルを前に上がりきっている加賀野が盛大に舌を噛んだことくらい。
 それも場を和ませるにはちょうど良いくらいのかわいらしい噛みっぷりだったので、結果オーライと言ったところ。
 最後は芸能事務所の鶴の一声で決定となった。
 立ち上がってお辞儀をするわたしたち三人への拍手は、淡白でこそあれ、今度こそ称賛をふくんだやわらかさで降り注いだ。
 その中には当然、荒牧のごつい手から放たれるものもあるはずで、はやくハイタッチのひとつでもしたいと、わたしの手のひらはいまからうずうずしているのだった。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?