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「彼氏が蛇をおいていった」21

 顔がつっぱっている。目のまわり、頬、くちびるの端、どこも埋もれて息ができない。
 こんなおもたい朝は久しぶりだ。帰って来て、そのまま寝たのもどれくらいぶりかわからない。下着も替えていない。見下ろしたスーツはしわだらけだし、枕カバーには口紅の痕跡がひっかき傷のように残っている。
『あなたはきっと、企画よりも営業の方が性に合っているわ。すくなくとも、この仕事では』
 宮部部長の言葉がぐるぐるとあたまの中をめぐっている。
 ちゃんと部長の声で聞こえることもあれば、文字になって浮かび上がってくることも、なんなら苦し紛れに飲んでむせたほうじ茶ラテの匂いまで思い出してしまう。きっともうほうじ茶ラテをオーダーすることは金輪際ないのだろう。
 ピアスを外してどこへともなく投げつける。部屋の端でチャッというかるい音がする。スーツもパンツも、下着も全部、脱いだそばから投げつける。
 かるいものをおもいっきり振りまわしたから、力が空回りして肩が痛い。目頭が熱い。お腹が痛くてきもちわるい。
『もちろん強制じゃないから、このまま企画部にいてくれてもかまわない、けど、アイ・トリップ社といいメラキといい、あなたの才能は外へ出て行動してこそのものだとおもうの』
 脱ぐものがなくなって、最後はつけまつげを引っぺがして投げた。その痛みに熱が噴出した。血かと思ったけれど、手についていたのは透明だった。
 枕を蹴り飛ばして、わざと足音を立てて廊下に出た。脱衣所をとおって、お風呂場へ。
 力いっぱい戸を閉めてシャワーの栓を開けたら、飛び出してきたのは当然のように冷水で、跳ね上がった心臓に喉を塞がれて声が漏れた。嗚咽は留まらず、シャワーの流水があたたかくなるまで漏れ続けた。あたたかくなっても止まらなかった。


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