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「彼氏が蛇をおいていった」17

 蛇に与える餌のサイズをちいさくして、アクセサリーのコンペティションに出場していて、前回会で良い成績を残したひとの名前を書きこんでみた。
 そしたらなんとあら不思議、わたしの作品が優秀賞に選ばれましたと、さ。
「まっちーの入賞を祝して! かんぱーい!」
 なにも知らないみっこ先輩がちょっと贅沢なビールを出して来てくれて、ふたりだけの祝賀会をひらいてくれた。
「とうとう町の才能が世間にバレちゃったかぁ。あたしとしてはひとり占めしておきたかったのにぃ」
「それだといつまでたっても先輩のガレージから卒業できませんよ」
「いいよ。そのままあたしの会社で働いてくれちゃっても」
 ほんの短い期間で、みっこ先輩は個人事業主から経営者へとジョブチェンジしてしまった。なので、この祝酒はどちらかというとみっこ先輩の躍進に向けられている。わたしはそのおまけというわけだ。
 新たにデザイナーを雇って、サイト運営の人材を募り、ECサイトとオーダーメイドの受注ページをリンクさせる。それで利益が出せるようになってきたら、いよいよ他社とコラボレーションして一気に販路拡大を目指す、と、こういう計画なのだそうだ。
「新しいデザイナーは高知県在住だし、サイト運営のキーパーソンは海外にいるし、いまじゃオンラインでどこでもお仕事だよね」
「そういうの、大手より小さな企業の方が進んでいますから」
「さすが、小さな企業代表。で、大きなプロジェクトのその後は? 経過どうなのよ」
 順調ですよ、と答えて、ビールをあおる。わたしがお酒に強いのは、みっこ先輩に鍛えられたから、というのもあった。でたらめに呑んでも顔色の変わらない先輩は、どことなく由良に似ていると言えなくもない。
 お酒を楽しむなら、やっぱりみっこ先輩との方が良い。加賀野はまったく飲まないし、在原とは敵対中、荒牧は見かけによらず弱くて、ワイン二杯でおとなしくなってしまう。
 そんなわけで、久しぶりの本格的な酒盛りに四方山話の肴をそえていると、みっこ先輩が思い出したように立ち上がってガレージの作業場へ駆けていった。
 もどってきた先輩の手にはわたしが荒牧と由良からイメージした矛と渦巻のペンダントが握られていた。
「ちょっと複雑な造形だったから、危ないところはやっちゃったけど、あとは自分でできるでしょう。かなりいいデザインだから、次のコンペに出しちゃえば?」
 まだ艶の出ていない荒削りのペンダントトップを受けとって、透彫にされた渦巻の部分を検分する。
 見れば見るほど、わたしにはできそうもない細やかな削り方。表面の毛羽立ちも最低限で、渦巻の曲線はどれも均等な細さだ。つなぎの部分も違和感がなくて、これが本業と副業の差かと圧倒させられる。
「さっぱり最優秀賞はこれくらいの彫り方ができないと届かないのかなぁ」
 コンペティションに送られてきた作品は特設サイトで閲覧できるようになっている。プロアマ問わず、各々が情熱を注ぎこんだ作品が採点の高い順に並んでいるのだが、わたしのアミューズメントピアスは上から四番目にあった。
 最優秀賞はひとりだけれど、優秀賞は三人もいたのだ。
 それから佳作が五人。最優秀賞でなければ賞金は出ないけれど、名前の認知度と作品の特徴を世の中に発信できるので、応募総数は一〇〇を超える数だった。
 これだけのライバルを相手に、自分のセンスと技量だけで勝負しなければいけない世界に、わたしは片足をつっこんでもうすぐ三年目になる。
 どっちつかずだということは重々承知した上で、ライフスタイルと借金返済を天秤にかけた結果がいまの生活なのだ。
 はじめたなら終わらせなくてはいけない。けれどその終わらせるタイミングに、はたしてわたしは正しく気づくことができるのだろうか。
 部長に昇格できれば給与賃金は増えるし、拘束時間もいくらか自由が利くようになる。結果が伴えば、裁量権を得られるから。
「仕事も順調、趣味も順調か。羨ましいね」
「そう言ってもいられません。順調でもカメの歩みじゃ、誰かに追い越されちゃいますから」
 新しいビールを出してきた先輩はすこし考える間をおいたのか、プルタブを観察するように視線を落としてから、カメでもウサギを抜くこともあるし、無理して変身しようとしなくてもいいんじゃない? とこぼした。
 封の切られる小気味良い音に唇をつけ、んぐっ、んぐっ、と上手に喉を鳴らすみっこ先輩の胸はやっぱり無防備で、缶から滴った雫がシャツの胸元にぽつぽつと斑点をつける。
「はぁー。残すは、男の問題だけかしらんねぇ」
 ふるえたわたしの携帯を見てそんなことを言った。
 画面には「こうへい」。ここ最近、着信が増えてきていた。
 どのメッセージも聞かずに削除しているけれど、今日はそのまま留守番電話サービスにつながってしまい嫌でも耳に入ってきた。
『俺の蛇は元気にしてるか? いそがしくて会えないならそう言ってくれれば待つから。なんだったら、蛇だけ返してもらって、お別れでも良い。ちゃんと気持ちを教えて』
 今日のメッセージは短めだった。
「出た。蛇」
 せっかく手に入れた魔法の蛇をあのバカに返す気なんてさらさらないのだが、このままだと無理やり部屋に押し入ってくるかもしれない。
「角は鹿ぁ、顔はラクダで、首が蛇ぃ、うろこはコイでぇ、爪はタカぁー。んなっはっはっ!」
 なんだその歌は。
 しかし、対処法はすぐに思いついた。マウスに「こうへい」と書いて蛇に呑ませてしまえば良いのだ。


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