ご飯大盛!チキン南蛮弁当4
水曜四限、アジア経済史の講義が終わった。手元には教科書、隣にはゴトウミズキ。
先週衝撃の一言を言ってのけた女だ。
「料理、食べさせてよ」
この言葉には続きがあった。
「もちろん、私の料理も食べてもらうわ」
訳が分からない。
理由を聞いてみるとこれまた奇妙なものだった。彼女は食べるのに困っているわけではないようなのだ。彼女は、彼女自身が作る料理に飽きたのだという。
「何を作っても全部同じ味、食べるのは私だけだから味を知るのも私だけ。それがもう嫌なの。」
『つまり、君の料理を食べて感想を言ってほしいと?』
「端的に言えばね。」
『それならアズマにでも食べてもらえば?』
「別に彼氏が欲しいわけじゃないのよ、私は。タナハシくんならその点心配ないでしょう?」
なるほど、と僕の口角が上がる。気持ちがいい女だ。
『しかし、だとしても別に僕が料理を作る必要はないじゃないか。』
「そう?私の料理を評価する人がどんな料理を作るのか、何を食べるのか、知っておくべきだと思うのだけれど?」
今になって思えば身勝手な女だ。しかし、話せば話すほど魅力的に感じている自分がいた。ゴトウミズキ、世間一般に見れば整った容姿の持ち主だろう。だが、お察しの通り「性格に難アリ」だ。僕がゴトウミズキに好印象を抱き始めたという事実は、脳内人事部に衝撃を与えたに違いない。
とはいえ、不信感が消えているわけではない。僕が彼女と過ごした時間は数分にしか過ぎないのだから。このままでは彼女のペースに乗せられてしまう。まあもう片足突っ込んでるけど。
『だとしてもだよ、僕にメリットがないじゃないか』
なんとか対抗しようと口に出した一言だった。浅い。口に出してすぐこの女に言うべきではなかったと後悔した。が、僕の手持ちはこれしかなかったのだ。
「私と食べられるでしょ?」
一回表、僕の全力投球はあっさりと場外に返された。
『随分と自信家なんだね』
「あなたが言うのは皮肉よ」
とんでもない女である。
「まあ無理強いはしないわ。嫌なら嫌だと言って。」
僕は答えられないでいた。正直に言うと、紛れもなくゴトウミズキに惹かれていたのだ。しかし僕の自意識が邪魔をする。ここで「もちろん良いよ」と答えるのは本心ではあるものの、奥底の心情には反する行為なのだ。そして彼女もその答えは望んでいないだろう、ということもなんとなく分かっていた。
「気にしなくていいわ。他をあたるから。」
目を合わせてしまった。ハッとした。
「交渉成立、でいい?」
暑さも、蝉しぐれも、汗のべとつきも忘れていた。
続く
いただけたら牛丼に半熟卵とかを躊躇なくつけます。感謝の気持ちと共に。