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定時先生!第18話 朝練

本編目次 

第1話 ブラックなんでしょ

 いつもどおり朝5時に、遠藤は目覚めた。昨夜は、寝付きが悪かった。珍しく日が出ている時間に帰宅でき、普段より疲れていなかったからだろうか。あるいは、濃密だったその日の出来事を思い返す時間が多かったせいかもしれない。今もそうだ。起きがけに点けたテレビの中では、遠く南の海上に発生した台風をニュースキャスターが伝えているが、頭の中では、昨日の出来事を回想している。
 中島の立候補と提案劇。車中で知った中島の思考。一言一句違わずに思い浮かべられるほど、遠藤の胸に強い印象を残していた。だからこそ、抱え続けた悩みを包み隠さず吐露できたのだ。



「先生、整列できました。挨拶お願いします」

 遠藤の目の前に、部長の生徒が立っている。遠藤はベンチから腰を上げ、部長の後ろに並ぶ40人ほどの部員達を見回す。タイミングを見計らい、部長が号令をかける。張りに欠けた挨拶だ。無理もない。まだ朝の7時なのだ。遠藤はやり直しを命じ、二度目の挨拶でようやく顧問の挨拶が始まった。

「はい、おはようございます。えー、まず、日が延びてきましたので、明日の放課後練習から部活下校時刻が18時30分となります」

 定時は16時40分だけどな、と遠藤は心中で補足し、続けた。

「時間が増えますので、各自今まで以上に課題をもって練習に取り組みましょう。あと、7月までの活動予定表配ります。後ろ回して。…えー、ついに3年生最後の大会の詳細が決まりました」

 眠そうだった部員達がざわついた。

「会場はスポーツセンター公園で、今年は、無観客です。保護者だけじゃなくて…おい、こら。こっちが話してるんだから。人が話してるときはちゃんと聞く。えー、保護者だけでなく、試合の無い部員も応援に行けません。それじゃ、いつものメニューやりますが、その前に、鞄置き場に注目」

 部室棟の軒下に並べられたスノコの上に、部員の鞄が置かれている。私物は全て鞄にしまい、留め具を締め整然と並べる決まりだが、脱がれた制服が雑に突っ込まれ、開かれたままの鞄が所々にある。

「いつも言ってますが、コートの外の生活がコート上で表れます。特に3年生、最後までしっかりやりましょう。全員、予定表しまうときに鞄を整理整頓してからメニュー始めてください。以上です」

 部長が号令をかけたが、予定表に目を落としたままの挨拶は力なく、遠藤は、やり直しを命じた。



「あ、中島先生、おはようございます」 
「おはようございます。昨日はお疲れ様でした」

 朝8時の職員玄関で、たった今出勤した中島と、朝練習を終え校庭から戻った遠藤が挨拶を交わす。

「昨日は助言までいただいて…ありがとうございました」
「いえいえ。どっちにしても、高級な自分を演出するには最高だよ」
「ベンツとレクサスの話じゃないですよ」

ー実は、部活が辛くて、減らしたいんです。でもー

「冗談だよ。今朝も朝練してきたの?」
「ええ。やっぱり朝早くてきついです。…でもー」

ーでも、減らせる気はしないですー