定時先生!第14話 拍手
本編目次
第1話 ブラックなんでしょ
「…え…?」
遠藤の瞼にこめられた渾身の力が、ゆっくりと弛緩していく。視線を上げると、隣には、起立し司会を真っ直ぐ見つめる中島がいた。俯いていた参加者達が、次々と顔を上げていく。
司会が安堵と感謝が混ざった表情を浮かべ、中島を見つめている。発表者の決定が滞ることを覚悟していたのであろう。
「ありがとうございます。…皆様拍手をお願いします」
予想外の出来事に取り残されていた周囲が、ようやく事態を飲み込み始め、まばらな拍手が起こり、次第に強くなっていく。中島が照れくさそうに着席すると拍手は静まり、代わりに異様なざわめきを会場に残した。
遠藤は、隣で涼しい顔をしている中島を呆然と見つめている。しかし、これは、まだ始まりに過ぎなかった。
司会が議事を再開した。
「発表者の方をもうお一人お願いしたいのですが、引き受けてくださる方はいらっしゃいませんか」
良い流れを感じているのか、先ほどの謝罪のような進行とは打って変わり、強気ですらある。とても同じ質問とは思えない。無論、参加者達は一斉に俯き、水を打ったように静まり返った。
「…あれ…」
孤独となった司会に、国語部会長が助け舟を出した。
「えー、では、『3年目以内の方に積極的にお願いする』とありますので、該当する方挙手していただけますか」
遠藤はみぞおちを締め上げられるような感覚を覚えた。挙手を躊躇していると、隣から誰よりも早く一本、手が上がった。中島だ。司会に発言の許可を求めている。
「よろしいですか」
「…?どうぞ」
「この、3年以内の方に発表者をお願いするという文言は今年から削除しませんか」
どよめきが会場を揺らした。
「最大の理由は、貴重な授業をカットしている点です。我々の最も優先されるべき業務はより良い授業を生徒に提供することです。そんな我々が授業をわざわざカットして研修会を開催している以上その内容は市内国語部員全員にとって利益のあるものでなくてはなりません。3年目以内の初若年者はどうしても経験に欠けます。こうした職員が発表者を務めれば、その先生1人にとっては大変な勉強になりますが、それは市内国語科全体から見れば限定的な利益と言わざるを得ません。また本市が現在ベテランの先生方の大量退職期の最中にある点も理由の一つです。今日まで本市の教育にご尽力いただいたベテランの皆様の授業技術が退職により失われてしまうことは本市にとって重大な損失に他なりません。先述のように、3年目以内の先生方の授業公開では市全体の利益とならない可能性が高く本市にとって本当に有益な授業公開をして下さるのはむしろー」
「わかりました」
淀みない中島の発言を国語部会長が遮った。
「では、先生方。『3年目以内の方に積極的にお願いする』は削除して、今年の授業公開のもう一つは、発表者は設けず皆で授業プリントの持ち寄りに変更、ということでどうでしょう」
数秒の静寂の後、会場は、割れんばかりの拍手に包まれた。
拍手が鳴り響く中、遠藤は未だ呆然と中島を見上げていた。