定時先生!第13話 定研
本編目次
第1話 ブラックなんでしょ
遠藤と中島は、コンビニでそれぞれおにぎりを選んだ。先に会計を済ませた遠藤は、店頭のベンチに腰を下ろし中島を待つ。しばらく経って、中島が店から出て来た。遠藤と一人分間隔を空けて隣りに座る。
「おにぎり迷っちゃって。ごめん、お待たせ。いただきます」
「いえいえ、いただきます」
「…」
「…」
マスクを外しおにぎりを頬張る中島を横目に、遠藤は先の自らの発言を顧みていた。
ー「それなら時間できますよね」は「あなた仕事してないから定時退勤できるんですよね」でとられたよな?いや、考えすぎかー
二人は終始無言でおにぎりを平らげ、再びマスクを付けた。その時、中島と目が合った。
「遠藤先生、さっきさ」
「…!はい…」
中島の眉間に深いしわが刻まれている。
「昆布じゃなくて鮭にして正解だったわ」
「…よかったすね…」
13時55分、D中学校に到着した。会場の体育館で受付名簿に丸を付け、資料を受け取った。会場は、ステージに向かって椅子が並べられ、後方の席から先着者で埋まっている。最前列しか空いていない。遠藤と中島は、最前列の端に座った。
時刻はちょうど定刻となり、今年度第1回目の定例研修会が開会した。
「えー、去年はコロナで授業公開ができませんでしたけれども、今年は感染対策を徹底した上で開催して良いという判断が出ましたので」
顧問校長挨拶、国語部会長挨拶と続いていたが、遠藤の頭の中では、今日の空き時間の川村の言葉が巡り、反響し続けている。
ー定研はね、初任者は何かしらの発表を押し付けられるかもしれないよ。気を付けてねー
もちろん、発表者など引き受けたくはない。全体誰が引き受けたいというのか。そして押し付けられるものをどう気を付けろというのか。遠藤は行きの車中で、この件を中島に相談すべきか思案したが、やめた。同僚が残業する中、涼しい顔で退勤する中島に相談したところで、適当な答えしか返ってこないだろう。
遠藤の憂鬱をよそに、会は進行していく。そして、議題はついに、発表者が空欄となっている年間予定に及んだ。予定表欄外の、太字で強調された一文に、遠藤は凍りついた。
『なお、授業公開発表者は採用3年目以内の先生に積極的にお願いする』
司会は申し訳なさそうに、投げかけた。
「…どなたか、発表者を引き受けて下さる方はいらっしゃいませんか…」
遠藤にはもう、祈ることしかできなかった。
その時だった。司会がこちらを見た。遠藤はドキリとして、すぐさま目を逸らした。マイクを向け、こちらに歩み寄って来る。脂汗が頭皮に吹き出すのがわかる。奥歯を噛み締め、俯いた。司会の足が目の前で止まった。強く目を瞑る。もうだめだ。
「…ではお名前と所属をお願いします」
穏やかな声が聞こえてきた。
「S中学校、中島英二です。立候補します。よろしくお願いいたします」