定時先生!第43話 出会い
本編目次
第1話 ブラックなんでしょ
中島は、実家から一切の援助を受けずに、奨学金とアルバイトだけで一人暮らしの生活費と大学夜間部の学費を稼ぐ苦学生だった。少しでも高い時給を求め、深夜のファミレスで働き始め、アルバイトの先輩だった美咲と出会った。
中島より年齢がひとつ上の美咲は、整った顔立ちと周囲を照らすような笑顔で、制服がよく似合っていた。天真爛漫な一方で、周囲を気遣う細やかな性格の美咲は、新人の中島をよく気にかけ仕事を丁寧に教えた。
いつしか中島は、美咲をもっと知りたいと思うようになっていた。
若い女性が深夜のアルバイトに勤しんでいることを、中島は内心で不思議に思っていたが、話すうち、美咲も実家の支援を受けず一人暮らしをしながら専門学校に通う苦学生だと知り、納得した。
似た境遇の二人の距離が縮まるのに、時間はかからなかった。やがて二人は交際を始め、美咲が専門学校を卒業するのと同時に、同棲を始めた。若かったが、親元を離れ自立する二人を、互いの両親も理解し、応援した。
中島は、夕方から夜まで大学夜間部で学び、帰宅後深夜のアルバイトへ行き、朝に帰宅し就寝する昼夜逆転の生活を、大学入学時から続けていた。
通っていた大学は、教員就職に特化しておらず、採用試験の予備校に通う経済的余裕も無い中島は、独学で試験対策に取り組まざるを得なかった。また、教職課程の学生は、一般の学生より多くの単位取得が必要があり、限られた時間帯の講義しか履修できない夜間部は、教員免許取得にさえ苦労する環境だった。
一足先に社会人となった美咲は、中島が少しでも勉強に集中できるようにと、家事の大部分を自ら引き受けた。
「学生は勉強に集中。私は大丈夫。社会人ですから」
中島が家事を手伝おうとすると、決まって美咲は出会った時と変わらない笑顔でこう返し、胸を張るのだった。
教育実習を無事に終え、いよいよ採用試験が迫った。出願書類に、自己PR文があった。中島は、自ら学費と生活費を捻出していることや、バドミントンで全国大会に出場した経験を活かし、部活動を通して生徒の成長の助けになりたいと記入した。それは、偽りのない中島の本心だった。
中島は、就職活動を一切しないことで採用試験の勉強時間を確保していた。不合格だったら非常勤講師になる腹積もりだ。周囲が内定を決めていく中、焦りはあったが、退路を断ったような覚悟と、そして何より美咲の支えが、中島を机に向かわせた。
その上で果たした悲願だったのだ。
腕の中の美咲に、感謝をそのまま伝える。
「合格できたのも美咲のおかげだよ。ありがとう」
中島の胸に顔を埋めたまま、美咲は謙遜するように首を横に振った。使い慣れたシャンプーの微香が、中島の鼻をくすぐった。
「社会人ですから。そのぐらいは」
顔を見合わせ、互いに笑みがこぼれた。
「謙遜するのかと」
「うそうそ。英二が頑張ったからだよ」
見慣れたアパートの小さな部屋さえも、淡く染まり中島を祝福しているように見えた。