見出し画像

第4章 毒と人間 4-3 毒を操る 5.ラテックスの利用:「特別展「毒」」見聞録 その28

2023年04月27日、私は大阪市立自然史博物館を訪れ、一般客として、「特別展「毒」」(以下同展)に参加した([1])。

同展「第4章 毒と人間 4-3 毒を操る 5.ラテックスの利用」([2]のp.141-143)では、天然ゴムとモルヒネが紹介された。

植物が葉や幹などの傷口から乳液を出す現象は広く存在する生体機構で、乳管細胞(laticifer)からの分泌液という意味で、ラテックス(latex)と呼ばれている。約20,000種の植物がラテックスを分泌することが知られているのにも関わらず、その成分や本来の機能についてはあまり研究が進んでいない。近年、イチジクのラテックスに含まれるプロテアーゼや、クワのラテックスに含まれるアルカロイドの一種がそれぞれ昆虫の食害に対する防御機構に関連することが初めて明らかにされ、ラテックスの生体防御機構としての意義に注目が集まっている。しかし、現在の研究は主にラテックス中に含まれる生理活性物質の探索に重点が置かれ、それらの生合成機構やラテックス内の貯蔵機構および、関与するタンパク質等の挙動については、未だに知見が乏しい。天然ゴムは一部の植物が生産する超長鎖のポリイソプレン分子(> C1500)であり、ラテックス中のゴム粒子という水中油滴構造として蓄積されることがわかっている([3])。

メソアメリカ(メキシコ中央部からホンジュラスやニカラグア周辺に広がる地域)に栄えたアステカ、オルメカ、マヤ文明では、植物から採取する樹液に似たラテックスからゴムができることが知られていた。

当時のゴムは、ゴムノキから採取した天然のラテックスとアサガオの蔓の汁を混ぜることで作られる。アサガオには、固化したラテックスの耐久性を高める成分が含まれている。

マサチューセッツ工科大学(MIT)の研究チームは、2つの材料の配合を変えて、さまざまな性質のゴムを作ってみた。弾性の高いゴムもその1つで、メソアメリカで球戯に使われていた可能性もある。マヤの古文書に描かれているように、球戯は“善と悪の闘い”という宗教的な意味を含んでいた。試合後には人間の首が生け贄として捧げられたと考えられる。

別の配合では、より丈夫なゴムができたという。アステカ文明のサンダルの材料に使われていた可能性がある。アステカを滅ぼしたスペイン人がその存在を書き残しているが、いまだに実物は発見されていない。

ラテックスとアサガオの汁の配合は、同量だと最大の弾性を発揮し、75対25で最も耐久性の高いゴムになった([4])。

1495年頃、クリストファー・コロンブスが、西インド諸島ハイチで発見した天然ゴムを西欧に伝えた。

16世紀になってヨーロッパ人が中南米の文化や自然産物と接触するようになってから、彼らが古くから知っていたゴム(ガム)に似ているが、それらにはない新しい性質を持った植物由来の物質が知られるようになり、また導入され、古くから知られていたゴム(ガム)と同じ範疇の物質としてゴム(ガム)と呼ばれた。これらは植物体に含まれるラテックスを採取し、凝固させることによって得られるものであった。その中の1つはチクルの幹から得られ、人間の体温程度の温度で軟化するもので、噛む嗜好品として用いられていた。

もう1つ、パラゴムノキの幹から採取されるラテックスを凝固させたものは高い弾性限界と弾性率の低さを併せ持ち、後世ヨーロッパで産業用の新素材として近代工業に欠かせない素材として受容され、発展することとなった。そのため、パラゴムノキ以外の植物からの同様の性質のゴムが探索され、また同様の性質を持つ高分子化合物の化学合成も模索されることとなった。この一群のゴムを弾性ゴムと呼び、イギリスの科学者ジョゼフ・プリーストリーが鉛筆の字を擦って(英:rub) 消すのに適することを報告したこと(消しゴムの発祥)から、英語では擦るものを意味するラバー(rubber)とも呼ばれることとなった。さらに天然のゴム類似物質としてガタパーチャ(グッタペルカ)がある。

1839年、チャールズ・グッドイヤー(米国)が、ゴムの加硫法を発見した。これと共に、現代ゴム産業の発展が始まり、堅く丈夫な製品から、柔らかく弾力性のあるものまで、多種多様なゴムの生産が可能となった(図28.01,[5],[6],[7])。

図28.01.パラゴムノキ。

天然ゴムは、タイヤ(例.ダンプトラック用タイヤ V-STEEL RIB LUG G540)の重要な原材料の1つで、パラゴムノキから生産されている。しかし、パラゴムノキは生育地が地理的に集中しているため病気や気候変動の影響を受けやすく、栽培に多くの人手を要するといった課題を抱えている。

そのパラゴムノキの代替原料として、グアユールが期待されている。グアユールは、米国南西部からメキシコ北部に広がるチワワ砂漠に自生するキク科の低木で、干ばつ耐性が高く、寒さに耐えるために樹皮層にゴム成分を蓄積する。パラゴムノキ由来のゴムに匹敵する成分を持ちながらも、パラゴムノキと異なり、砂漠のような乾燥地帯で栽培できることから、グアユールは異なる植物種や気候帯へと天然ゴムの供給源を多様化させるソリューションとして、大きな可能性を秘めている。また、グアユールの栽培は食用作物と競合せず、収穫の機械化が可能という優位性がある。さらに、グアユールを多く植えることで、二酸化炭素を吸収する緑地の拡大にも繋がる(図28.02,[8],[9])。

図28.02.ダンプトラック用タイヤ V-STEEL RIB LUG G540。
航空機やトラックのタイヤには、耐摩耗性や弾性が高い天然ゴムが多く使われている。
株式会社ブリヂストン蔵。

余談だが、2012年07月10日、株式会社ブリヂストンは、国立遺伝学研究所(静岡県三島市)大量遺伝情報研究室の研究協力のもと、ラテックス産出植物であるパラゴムノキのゲノム概要配列の解読に成功したことを発表した([10])。

ケシの未熟な実から採取されるラテックスはモルヒネ、および、コデインなどのアヘンアルカロイド類を含み、これらは薬理用途に使用される。ケシの種子自体は、アヘンアルカロイド類はごく少量しか含まないが、機械を使って収穫する際に、種子がアルカロイド類を含むラテックスに接触して汚染される場合がある([11])。

モルヒネはアヘンから生成される麻薬性鎮痛薬で、依存性が高く日本では麻薬に指定されている。ケシから採取されたアヘンより生成されるアルカロイドの1種である。

モルヒネは麻薬の一種で、強い依存性を持っている。そのため、法律でも、使用や所持、製造に対し厳しい規制が設けられている。

一方で、適切に処方や服用をした場合、依存は起こらず強い鎮痛効果が期待できる。医療では、疼痛をコントロールすることで、生活の質が向上する、または、治療への意欲が増すことが期待され、がんによる疼痛など強い疼痛を緩和する目的で使用されている。

ただし、モルヒネの副作用として、便秘はほぼ100%、悪心嘔吐は40~50%の症例でみられると報告されている([12])。

ちなみに、ヘロインは、モルヒネを化学的に加工して作られる。その作用はモルヒネの3倍強力といわれ、中毒性もモルヒネに比べ非常に強力で、乱用薬物の頂点に位置するといっても過言ではない。その危険性から、医学的な使用も一切禁止されている([13])。

医療用麻薬の主なものとして、モルヒネ、オキシコドン、フェンタニルがある。最近ではトラマドール、ヒドロモルフォン、タペンタドールなども使われるようになり、それぞれ患者の状態や痛みの様子に合わせて選択されている。痛みをやわらげる効果が強く、がんに伴う痛みを取り除くために、有効な薬剤である。一方で、主な副作用には、吐き気、便秘、眠気があり、どれも適切な対応方法がある。

麻薬中毒とは、痛みがないにもかかわらず、薬を使わずにはいられなくなるような状態のことで、精神依存とも言う。痛みの治療目的で医師が処方した薬をきちんと使用する場合は、依存症状はほとんど生じないことが研究で示されている。

医療用麻薬を使うことで、がん治療に悪い影響を及ぼすことも、寿命が縮まることも決してない。むしろ痛みが緩和されることで食欲が出て眠れるようになり、生活の質が改善し、がん治療に良い影響をもたらすと言われている([14])。

「第4章 毒と人間 4-3 毒を操る 5.ラテックスの利用」の執筆時に、私はこう思った。

ラテックスが毒であることは意外である。


参考文献

[1] 独立行政法人 国立科学博物館,株式会社 読売新聞社,株式会社 フジテレビジョン.“特別展「毒」 ホームページ”.https://www.dokuten.jp/,(参照2023年08月15日).

[2] 特別展「毒」公式図録,180 p.

[3] 公益社団法人 日本薬学会.“S01-3 植物の生体防御システムであるラテックスにおける天然ゴム生合成酵素複合体の形成と分子機構”.日本薬学会 第138年会(金沢) ホームページ.会頭講演・特別講演・受賞講演.要旨検索.シンポジウム一覧.S01 生物の環境認識メカニズムの理解と応用への可能性.2018年03月26日(月)  9:00~11:00  B会場 石川県立音楽堂 2F 邦楽ホール.http://nenkai.pharm.or.jp/138/pc/spdfview.asp?i=816&lang=jp,(参照2023年08月15日).

[4] 株式会社 日経ナショナル ジオグラフィック.“メソアメリカ文明の高度なゴム製造技術”.ナショナル ジオグラフィック トップページ.ニュース.旅&文化.2010年06月29日.https://natgeo.nikkeibp.co.jp/nng/article/news/14/2828/,(参照2023年08月16日).

[5] 東華護謨工業株式会社.“ゴムのはなし”.東華護謨工業株式会社 ホームページ.ゴムのはなし.http://www.toka-gom.co.jp/gom_story.html#story,(参照2023年08月16日).

[6] 日本グッドイヤー株式会社.“タイヤの歴史”.グッドイヤー トップページ.タイヤの知識.https://www.goodyear.co.jp/knowledge/tire-history.html,(参照2023年08月16日).

[7] 日本グッドイヤー株式会社.“ゴム加硫法”.グッドイヤー トップページ.タイヤの用語集.https://www.goodyear.co.jp/dictionary/gumkaryu.html,(参照2023年08月16日).

[8] 株式会社ブリヂストン.“アクション3:再生可能資源の拡充・多様化”.ブリヂストン ホームページ.サステナビリティ.環境.資源を大切に使う.https://www.bridgestone.co.jp/csr/environment/resources/action03/,(参照2023年08月16日).

[9] 株式会社ブリヂストン.“G540”.ブリヂストン ホームページ.トラック・バス/産業車両用タイヤ.トラック・バス用タイヤ.商品カタログ.ダンプトラック用.リブラグ・ラグ.https://tire.bridgestone.co.jp/tb/truck_bus/catalog/dump-truck/rib-lug_lug/g540/index.html,(参照2023年08月16日).

[10] 株式会社 ブリヂストン.““天然ゴム生産性向上のための研究開発に貢献” 天然ゴム資源「パラゴムノキ」のゲノム解読に成功 ~「100%サステナブルマテリアル化」の実現に向けて~”.ブリヂストン ホームページ.企業情報.ニュースリリース.2012年.2012年07月10日.https://www.bridgestone.co.jp/corporate/news/2012071002.html,(参照2023年08月16日).

[11] 内閣府 食品安全委員会 食品安全総合情報システム.“ドイツ連邦リスク評価研究所(BfR)、ケシの種子に含まれるアヘンアルカロイド類に関して情報提供”.食品安全総合情報システム ホームページ.食品安全関係情報.2018年06月05日.https://www.fsc.go.jp/fsciis/foodSafetyMaterial/show/syu04960530314,(参照2023年08月17日).

[12] 厚生労働省.“モルヒネ(もるひね)”.e-ヘルスネット ホームページ.健康用語辞典.休養・こころの健康.https://www.e-healthnet.mhlw.go.jp/information/dictionary/heart/yk-063.html,(参照2023年08月17日).

[13] 名古屋市.“5.ヘロイン”.名古屋市 トップページ.暮らしの情報.障害者.精神保健福祉.薬物乱用防止「ダメ。ゼッタイ。」.乱用される主な薬物.2023年01月04日.https://www.city.nagoya.jp/kenkofukushi/page/0000006357.html,(参照2023年08月17日).

[14] 特定非営利活動法人 日本肺癌学会.“Q50 モルヒネ,麻薬を使うといわれました。副作用や中毒が心配です”.日本肺癌学会 ホームページ.一般の皆さまへ.患者さんのための肺がんガイドブック2022年版.第5章 症状がある場合,転移がある場合の治療.https://www.haigan.gr.jp/guidebook/2022/2022/Q50.html,(参照2023年08月17日).

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?