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第3章 毒の博物館 3-2 毒に耐える:「特別展「毒」」見聞録 その22

2023年04月27日、私は大阪市立自然史博物館を訪れ、一般客として、「特別展「毒」」(以下同展)に参加した([1])。

同展「第3章 毒の博物館 3-2 毒に耐える」([2],[3]のp.106-109)では、動植物が産生する毒とそれらに耐える動物が言及された。

キョウチクトウは、東北地方南部以南の日本全国に分布する常緑樹で、庭木や街路樹に用いられている。植物全体に心臓毒性を有するオレアンドリンが含まれており、少しの量でも摂食すれば中毒を引き起こす。キョウチクトウ中毒は人を含めすべての動物で起こる。牛や山羊などの草食動物の中毒は、剪定したキョウチクトウの枝を飼料や敷料に利用する、または、飼料の牧草中にキョウチクトウの落葉が混入していた場合に発生する。ごく少量が飼料に混入した場合でも死亡に至る([4])。

キョウチクトウスズメは幼虫期にキョウチクトウを好んで食べる。キョウチクトウスズメにはキョウチクトウの毒に対する耐性があるので中毒を起こすことはない。

近年では、九州、四国、近畿地方などでも確認されており、年々分布が北上しつつあると考えられている(図22.01,[5])。

図22.01.向かって左から、キョウチクトウとキョウチクトウスズメ。

ユーカリには多くの種類があるが、その中のユーカリプタス・グロブルス(eucalyptus globulus)の葉から水蒸気蒸留して得られたユーカリ油(eucalyptus oil)は、日本薬局方に記載されている薬剤師にとっては身近な薬品である。

ユーカリの葉は硬く消化が悪いため、コアラは2 m以上もある長い盲腸の中でゆっくり消化・解毒をする。コアラの盲腸の中には、ユーカリを消化・解毒する腸内細菌や酵素が存在する。しかし、生まれたてのコアラにはこれらが体内に存在しないため、離乳するときに、母コアラが出す半分消化されたユーカリの葉を含む糞(パップ)を食べ、腸内細菌や酵素を受け継ぐ(図22.02,図22.03,[6])。

図22.02.ユーカリ属の1種。 
図22.03.コアラ。

オーストラリア固有の有袋類であるコアラは、生活の大半を樹の上で過ごし、猛毒なユーカリの葉を専門に食べている。一日に最大で22時間も眠る。他の有袋類と同様に、未熟な状態で生まれ、母親のお腹にある袋の中で育ち、母乳を摂取しながら免疫を獲得する。誘起排卵という独特な繁殖様式も有している。一方で、生息地であるユーカリ林の破壊や、コアラレトロウイルスやクラミジアなどの感染症によって、個体数が減少し、絶滅が危惧されている。

一方、コアラが主食とするユーカリの樹木は、オーストラリア東部の植生の中心であり、野生動物の食べ物としての利用価値が非常に高いものになっている。しかし、ユーカリはフェノール系化合物や青酸配糖体などの毒を多く含むため、ほとんどの動物は食べることができない。コアラの樹上でののんびりとした暮らしは、食べ物をめぐる競争相手がほとんどいないユーカリ林によって支えられている。

解読されたコアラの全ゲノム配列から、味覚受容体の遺伝子を調べたところ、他の有袋類に比べて苦味受容体遺伝子(TAS2R)を多く持っていることが分かった。苦味受容体遺伝子の数が多いほど、多様な毒性のある分子を感じることができるため、コアラは苦味感覚を用いて、ユーカリの毒性の程度を識別し、適切なユーカリの葉を選べるように進化したのではないかと考えられる。一方で、コアラの甘味受容体や旨味受容体の遺伝子(TAS1R)は、他の哺乳類と目立って変化はしていなかった。

さらに嗅覚受容体 (V1R)の数も増加し、肝臓での解毒代謝に関わる酵素の遺伝子 (CYP)が進化していることも分かり、感覚と解毒の両側面でコアラはユーカリ食に適応進化していると結論づけられた。コアラは母親の便を口にして、ユーカリを分解できる腸内細菌を受け継ぐことで、ユーカリ食を可能にしていることが知られていたが、コアラ自身のゲノムにも、ユーカリ食に適応するメカニズムがあることが分かった。 他にも、コアラの繁殖様式や母乳成分に関わる遺伝子、感染症に対抗する免疫関連遺伝子、ならびに、コアラの個体数変動の歴史や地域個体群の遺伝的分化の度合いなど、コアラのユニークな生理・生態に関連する遺伝子が多く同定された。また、ゲノムのいたるところにコアラレトロウイルス感染の痕跡が検出され、感染症研究の基盤となった。さらに遺伝的多様性の評価の結果、コアラ個体群の歴史的な変遷やコアラの地理的な分化についても、ゲノムレベルで明らかになった([7])。

はっきり言って、コアラに関する研究の進展は、私にとっては意外なことである。

ラーテルは、毒ヘビを獲物として食べることがある。また、コブラ科やクサリヘビ科の毒ヘビに噛まれたとしても、数時間で回復できる。ヘビ毒による作用はいくつかあるが、作用の1つに以下のようなものがある。ヘビ毒に含まれるα-ブンガロトキシンが筋肉側にあるニコチン性アセチルコリン受容体に結合することによって、神経伝達物質であるアセチルコリンの結合を阻害してしまい、その結果、筋肉が弛緩して、麻痺する。呼吸筋が麻痺するというものである。場合によっては死に至る。

ヘビ毒に抵抗性をもつラーテルは、ニコチン性アセチルコリン受容体にα-ブンガロトキシンが結合することを阻害することで、α-ブンガロトキシンに対する抵抗性を獲得したと考えられている。なお、ラーテルと同様にヘビ毒に抵抗性を持つことが知られている、マングースやハリネズミ、ブタも同様にニコチン性アセチルコリン受容体にα-ブンガロトキシンが結合できなくなるようにする機構を持っており、それらはそれぞれ独立に進化したと考えられている(図22.04,[8])。

図22.04.向かって左から、タイワンコブラとラーテル。

「第3章 毒の博物館 3-2 毒に耐える」の執筆時に、私はこう思った。

「生物が生きることは、‘万物の万物に対する闘争’であることを痛感する。毒と同様、毒に対する耐性もまた、生き残るための手段である」!



参考文献

[1] 独立行政法人 国立科学博物館,株式会社 読売新聞社,株式会社 フジテレビジョン.“特別展「毒」 ホームページ”.https://www.dokuten.jp/,(参照2023年07月25日).

[2] 独立行政法人 国立科学博物館,株式会社 読売新聞社,株式会社 フジテレビジョン.“第3章 毒と進化”.特別展「毒」 ホームページ.展示構成.https://www.dokuten.jp/exhibition03.html,(参照2023年07月25日).

[3] 特別展「毒」公式図録,180 p.

[4] 国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構.“キョウチクトウ中毒 木の枝や葉を家畜に与えない”.農業・食品産業技術総合研究機構 ホームページ.動物衛生研究部門.疾病情報.家畜疾病図鑑Web.その他.2021年03月15日.https://www.naro.affrc.go.jp/org/niah/disease_dictionary/other/o14.html,(参照2023年07月25日).

[5] 沖縄県 環境部 自然保護課.“キョウチクトウスズメ”.オキナワ イキモノ ラボ ホームページ.映像で見る沖縄の生き物.環境で見る.まち.2020年10月.https://biodiversity.okinawa/video_pages/reference/kyoutikutousuzume.html,(参照2023年07月25日).

[6] 株式会社 日経BP.“ユーカリと糞を食べるコアラ”.日経メディカル Online ホームページ.薬剤師 トップページ.まいにち薬剤師.2018年09月12日.https://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/mem/pub/di/column/mainichi/201809/557779.html,(参照2023年07月25日).

[7] 国立大学法人 京都大学.“コアラの全ゲノム配列の解読に成功 -コアラはなぜ猛毒のユーカリを食べるのか?-”.京都大学 ホームページ.最新の研究成果を知る.2018年07月04日.https://www.kyoto-u.ac.jp/sites/default/files/embed/jaresearchresearch_results2018documents180703_101.pdf,(参照2023年07月25日).

[8] 株式会社 バイオーム.“超タフ ラーテル”.バイオーム ホームページ.ALL.生物.2022年02月24日.https://biome.co.jp/biome_blog_205/,(参照2023年07月26日).

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