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カレーうどんのような住宅を|ミサワホームGOMASシリーズ

院生時代、いろいろ気にかけて下さったK先生は鉄骨構造がご専門。ちょくちょく研究室に暇つぶしに来られては、某大手鉄鋼メーカー時代のエピソードやシステム建築のあれこれについて昔話してくださいました。

そんなK先生とランチをご一緒させていただく機会が幾たびかあったのですが、先生は必ずカレーうどんを注文する。

「K先生、カレーうどんがお好きなんですか?」と聞くとニヤニヤしながら「カレーうどんなら、安くって、だいたいどこで食ったって当たりハズレないだろ」という答え。さすが専門性が出るなぁと思ってしまった。

「カレーうどんは当たり外れない」というK先生の「低コスト&品質の安定」に対する着眼は、家づくりを考える際にも示唆的な気がします。

戦後日本の住宅像

限られた予算でなるべく高い性能を確保した住まい。それって、もともと工業化住宅が夢見た世界だったはずですが、戦後日本の住宅産業は、そんな工業化住宅の夢を叶える努力を放棄したように思えます。

まず、工芸品のように精緻な技術を施す大工・職人のワザは、もともと「金持ち」のものだったのに、戦後、庶民がマイホームを持つとなったとき、そんなもそれをモデルにしてしまいました。その影響は「施工精度」と「完全注文」としてあらわれることに。

まずは「施工精度」。工芸品のように仕上げることを美徳とした大工・職人文化は、いたずらに大工・職人の高い技能を求めることになります。そして、大工・職人文化が衰退するに従って、その穴を「施工精度」の高い工業製品・新建材が埋めるようになる。「精度の高さ」は「クレームがでないように」を価値とします。

次に「完全注文」。戦前の家づくりは大工棟梁とのやりとりのなかで作られる「注文住宅」でした。そこれそ金持ちでインテリの施主が、あれこれウンチクを傾けながら「普請道楽」する。それが「注文住宅」。庶民もそのマネごとをはじめたわけです。実際に現場が進む過程で、あれこれとやりとりしながら決めていく。それほど真剣に打ち込むことが美徳となりました。

「施工精度」や「完全注文」を求めるメンタリティは、戦後の持ち家が住宅金融公庫融資によって自力建築する一生に一度、人生最大の買い物といった重い位置づけであったことで加速されます。

しかも、過剰にマイホームの価値付け(というかマイホームを持つことができる甲斐性の価値付け)がなされる。「卯建が上がらない」の卯建がマイホームに転換した。家づくりにパワーを使いすぎて体をこわす「普請倒れ」なんて言葉もあったり。

迷走する庶民の家

庶民がそれぞれ自由意志のもとにマイホームを得るという戦後の筋書きは、西山夘三なんかにしてみると、自民党政権による住宅政策の怠慢みたいな話になるのだけれども、住みたいように住む「自由」が確保されているのもまた事実。

ただ、何でもそうだけれども「自由」を満喫するには、それなりの「能力」が必要なわけで、「自由」にマイホームを得る「能力」の欠如を補うツールとして、戦後の間取り・外観集や家相読本なんかは存在したのかと思います。ただ、「どんなふうにもできますので、あなたが思うような家を思い描いてください」というのは、実は高い「能力」を前提としますよね。

たとえば、ミサワホーム創業者・三澤千代治は、こう語っています。

お客様は「こういう家をつくりたい」と言うのですが、家をつくられた経験はみなさん一回か二回しかない。しかし、お金を出す人がそういう家をつくりたいと言うのであればつくってしまおう・・・・・・というようなケースも多いのです。このように、お客様の経験不足のためできてから不都合なことも多いのです。
(三澤千代治『「住まい」へのまなざし』での発言、2000)

ちょうど、まちづくりの分野で言われるような「学習なくして参加なし」は、「自由」に住宅を建てることが可能な戦後日本の家づくりにも当てはまるのです。

下手に「自由」に振り回されないよう、ある程度、良質な住まいをパッケージ化された「カレーうどん」のような住宅があってもいいはず。その試みの一つが、いわゆる「企画住宅」だったのでしょう。

「カレーうどん」のような濃い味付け(=企画)でパッケージ化された住まいは、日本の分厚い大工・職人文化に染まった日本人にとっては、なんだか後ろめたい手抜き、あるいはお仕着せに感じてしまうのかもしれません。

でも、いたずらに「本格注文」を意識した中途半端な住宅は、カレーうどんよりも値段は高いのに不味いなんてことになりがちです。「カレーうどん」のような住宅もあっていい。

GOMASというカレーうどん

三澤千代治による一つの解答をご紹介しましょう。

1990年、ミサワホームはこれまで立て続けに販売してきた「企画住宅」であるG型、O型、M型、A型、S型を再ブランディングし直し、「スーパーフリー設計GOMAS」シリーズとして発表しました(図1)。

図1 GOMASシリーズ

それらのうち、「GOMAS O型」は翌1991年に工業化住宅として初のグッドデザイン賞を受賞します。

営業プロセス、設計・デザイン、部品・部材、工場生産、アフターサービスにいたる全プロセスを見直し、各段階ごとに200項目にものぼる「新設・丁寧」アイテムを開発。お客さまの要望・期待に120%応える邸別企画住宅としました。
(『ミサワホーム50年誌』2017)

まさに、カレーうどんを提供する仕組みを再編することで、バブル崩壊後の住宅産業を象徴する商品住宅を示したのでした。カレーうどんには、カツをのせてもいいし、天ぷらをのせてもいい。ということで、インテリアイメージを8種類にパッケージ化します。

ミサワホームは、住まいのデザインイメージを、世界のデザイン先進国に学びました。その国で生まれ育った「本物」のデザイン・素材・加工技術まで徹底的に研究し、画期的な「8カ国デザイン」を構築し、いち早く「GOMAS」に「8カ国仕様」として取り入れました。
(『ミサワホーム技術開発史40years』2007)

その8カ国に応じた仕様とは、アメリカ、イタリア、カナダ、ドイツ、イギリス、スウェーデン、フランス、日本。「ユーザーのデザインイメージを、明確に映し出すことで、内装や家具の素材と色調、照明や小物、ファブリックに至るまでを、美しく理想的にコーディネート」したのです。

住まいをG型、O型、M型、A型、S型の厳選されたプランパターンから選択肢、インテリアイメージは「8カ国仕様」から選ぶ。完全なる「カレーうどんシステム」。

それは同時に、工業化住宅のあり方を、分厚い大工・職人文化から引き離し、自動車のように住宅をつくる道筋を示したもの。本物の「工業化住宅」をつくるというミサワホーム創業者・三澤千代治のロマンでもあったのです。

「施工精度」は確保されつつ、「注文住宅」はほどほどに済ませる。でも、蓄積されたノウハウでもって、大ハズレは無い。いわば「カレーうどんは当たり外れない」。

「スーパーフリー設計GOMAS」シリーズからもうすぐ30年。K先生が納得(満足ではなく)するような低コスト、品質の安定、まぁ、65点くらいな家づくりの可能性を、あらためて考えてもよいのでは中廊下。そう思います。

(おわり)

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