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「当たり前」に気がつく

定期的に読み返す本があります。
デヴィッド・フォスター・ウォレス (著), 阿部 重夫 (翻訳)『これは水です』田畑書店
ここには、著者がケニオン・カレッジの2005年度卒業式でスピーチした、はなむけの言葉が納められています。
なぜこの本を読み返すのか。
それは普段、どうしても忘れがちな日常に潜む「当たり前」を改めて見つめ直すため。
冒頭は、この様な寓話から始まります。

若いサカナが二匹泳いでいる。
そこへ向こうから泳いできた年上のサカナがすれ違い、こんな挨拶をした。
「おはよう、坊やたち。水はどうだい?」
しばらく泳いでから、二匹のサカナは顔を合わせて言った。
「いったい、水って何のこと?」

この話のポイントについて、著者は次のように話しています。

このおサカナの小ばなしの
肝心かなめのポイントは
あまりにもわかりきっていて
ごくありきたりの
いちばんたいせつな現実というものは
えてして
目で見ることも
口で語ることも
至難のわざである
ということです。

私たちにとって大切な人生の本質は、サカナにとっての水のように、当たり前にそこに存在し自覚しにくいものなのです。
『これは水です』は、そのことを思い出させてくれる私のバイブルになっています。

では、私にとっての忘れがちな「当たり前」とは何か。
それは「時間」です。
もっと言えば「寿命」でしょうか。
今、自分が生きているということ。
忙しい毎日に追われる中で、どうしてもこのことを忘れてしまいます。
過去にとらわれ、未来を憂いる。
そんな風に今この瞬間のいのちを無駄にしないよう、私はやるべきことに取り組んでいきたいのです。
皆さんにとっての「当たり前」はどのようなものでしょうか?