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我が背徳

これは、僕の外殻の話だ。
いつからそうなったのか、ついぞ知らない。

彼は恐ろしく強く、僕の持ち得る総てを奪い去り、言葉の意味を書き換えた。

彼は水を飲もうとして僕が柄杓に取った幾許かの水を、強引に口に捻じ込んだ。

彼の欲望は留まるところを知らず、僕の指先を万力で捻じ曲げた。

彼の名前は、はっきりしている。

"弱肉強食"

彼の言い分は申し分ない。
強者として生まれ落ちた頃より、弱者たるものの肉を奪う事。
そして、弱者として生まれ落ちた頃より、強者に対して、永久に牙を剥き続ける事。
そして、彼の言い分は申し開きの出来ない部分にまで達する。
強者であり続ける場所も、弱者として地に這いつくばる場所も、どちらもある。
両者は一対で
どちらもどちらを担保する。

彼の名前ははっきりしている。

"死生"

彼の言説は一寸の隙もない。
如何に生き死にを我が身に治むるか。
七欲を従え、如何にして渇望を治むるか。
彼は喰らい、惰眠を貪り、強者を妬み、我が身を従え、猛り狂い、従属を許さぬ。
そして、彼の言説は、一寸の隙を固く閉ざした。
彼が、生き死にから取り上げたものは、創り出すことだった。この隙のみが、彼の言説より、不要のものであった。

彼の名前ははっきりしている。
デスクで小一時間でも調べれば出てくる程の、ありふれた代物だ。
そして彼の存在は、社会に仇なすほどの強大さが無い事も、知れる。

彼の身中に爪を捻じ込む。
鳴咽と、吐気を催す程の、阿頼耶識が広がる。
彼に胸に腕を差し込む。
焼け爛れる程の、急激な激情に駆られる。
彼の喉に指を差し入れる。
毒虫が這い上がるかの如き蠢きが、毛という毛を逆立てさせる。

彼の名前ははっきりしている。
ワンルーム程度の部屋で、一時眠らせれば、簡単に判明する代物で、一時肌を撫でれば、一瞬で分かる。

彼の身中に、突き立てる。
僕は、彼の、意を奪う。
彼が書き換えたその意は、総て奪い取れない程、強靭で。
手の震えが収まらず、歯のガタ付きは抑えようもなく、鳴咽が止まらなく、気管支はかすれた声を上げる。
それでも、彼の名の下において与えられたその物を、僕は、どうしようもなく、渇望してしまうのだ。

それが何かは、はっきりしている。
彼の身を毀損してでも、奪おうとするのならば
仇なす彼よ、僕に、跪け。

サポートはお任せ致します。とりあえず時々吠えているので、石でも積んでくれたら良い。