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【アロン】

朝焼けが始まる。
俺にとってそれは、見慣れた光景で、景色がブルーに染まってゆくその姿を。
何の、感慨もなく、見ていたんだ。
昨夜の事は、朧げで。消えなかった事を後悔した。

A moment of silence...

「寝てるの?」
顔を上げるのが余りにも面倒で、眼だけ動かして、声の主を探した。女。記憶を辿って見たが、思いつかない。
先刻までの事は、思い出したくない。
確か、そう、カラオケ屋のバイトを終え、そのままバイトの先輩と、飲みに行った。
いつも、穴だらけの優等生ぶった正論ばかり言うような先輩だったから、その後、キャバクラに行く、なんて、信じられないような気もしたし、つじつまが合う様な気もした。
気持ちは重かった。
俺に、昼と夜の継ぎ目はない。また今日の午後18時には、疎らになったカラオケルームの清掃を、しなければならない。その前に少し、使っていない部屋で仮眠を取れる。
眠れるはずなど、ない。
だから少しだけ、一服したかった。
キャバクラのある通りの、一本裏、小便臭い雑居ビル裏口。
メンソールの味が、吸いすぎて鈍い。

あの日々は 逆さで 狂おしく

「ずっと、隣に付いてたのに、忘れたの?」
あぁ、さっきのキャバクラのキャストか。
営業用のLINEすら教えなかった癖に、随分と図々しい。
「送迎は?」
「私はしない。普通にここから近いし」

「本当は、嫌いなんだけど、アフター。付き合ってくれる?」
「そんな金、あると思うか」
「じゃあいい、始発待ち」
女は服が汚れるのも気にせず、隣に座った。
そんなにスレているようには、見えない。もっとも、そんな事俺には、分からない。
「他のツレは?」
あっち、俺はこの街のホテル街の方向を親指で示した。

見抜かないでいたい?真っ白な記憶を

「君だけだよ。言葉を持っていなかったのは」
言葉?話した事すら、覚えていない。女は続ける。
「誘う言葉も、着飾る言葉も、媚びる言葉も、君は使わなかった」
「買い被り、だろ」
女は首を振る。詩人だ。そんな言葉は喉元で止まる。
「それなのに、君の肌は、まるで求めているんじゃないかと思うぐらい、熱かった」
「なんだ。そういうつもりなのか」
「違うよ。君は。君が求めているのは睡眠薬。私はそれを飲むだけの、水の入った器。
分かる?残酷な事をしているんだよ。君は」

シェルピンクの明かり 覚え そして溺れてゆく

煙草に火をつけた。
やめろ。
俺は心の中でそう、呟いた。
女は肩に頬を寄せ、小さな声で呟いた。
「少しだけ、眠って」
寄せる頬と肩の体温が、同じになるまで眼を閉じた。
そして、瞼を開くと、隣には誰も居なかった。
煙草はフィルター近くまで灼けていた。
最後の一息を吸うと、突然それまで出てこなかった喉の違和感が押し寄せ、咽せた。
痰の絡んだ咳は、アルコール、胃液を押し上げ、何度も嗚咽して俺はその場にうずくまった。
やめろ、入ってくるな。
好きでここにいる訳じゃない。眠りたくない訳じゃない。それでもここに立たなければならないから、立っているだけだ。分かるだろう。夜が来て、このまま目覚めなければ良いと思った一日がどれだけあるか分からない筈は無いだろう。死にたい訳じゃない、生きたい訳じゃない、どちらも出来やしないから、継ぎ目がなくなるんだ。言われなくても分かっている。俺はゴミだ、社会の敵だ。生きる場所まで、奪わないでくれ。
やめろ、やめろ。やめてくれ。

最後はひとり だけど 誰を想うの
その一点こそが きみを ぼくを 救うだろう

少しだけ早い時間に店に戻り、仮眠を取った。
気づいたら少しだけ眠っていて、部屋の窓から夕焼けが見えた。
灰皿には吸い殻がこんもりとしている。
モニターがうるさい。華やかな世界が、いつもここでループしている。
今朝の事を少しだけ思い出して、また継ぎ目がなくなった夜を、想った。

アロン 暗闇の中へ 夕闇は綺麗で 少しだけ怖くて

このまま、いつか死んでしまう日が、初めて怖いと思った。

*あとがき
黒夢、再結成初期の夜想曲『アロン』をベースに小説を書いてみました。
そして、もう一つのモチーフとして、昔、本当に継ぎ目のない日々を過ごしていた一人のアルバイト君を使いました。
これは私自身の物語ではもちろんありません。
ですが、継ぎ目のない昼夜に意味を持たせるとは、こういう形でしかあり得ませんでした。

そんな彼も最早一児の父。この話のような陰鬱な人ではなかったが、どこかでこういう夜が、あったのかもしれない。

"孤独"とは、自分にとって大事な何かを閉ざす事。
それが夜であるなら、そこに生きる人たちにとっても夜は特別な、時間なんだ。

サポートはお任せ致します。とりあえず時々吠えているので、石でも積んでくれたら良い。