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ぼくは読むのが苦手なので、わかりやすい文章を書こうとするんです

ぼくは、たまーにですけど「文章がわかりやすいです」とか「つい読んでしまいます」と言ってもらえることがあります。

それに続けて「もともと作文はお好きだったのですか?」とか「読書がお好きなんですか?」と聞かれることもあります。でも、まったくそんなことはないんですよね。

作文も、読書も、どちらかといえば苦手です。

学校で作文を書くのもめんどうで好きじゃなかったですし、読書感想文も「なんでこんなことしなきゃいけないの?」と思っていました。国語とか小論文の成績がよかった記憶もありません。

「読書家」というわけでもないんです。本という物体は好きなのですが、そんなにたくさんは読まないですし、読むのもすごく遅い。だいたい本を買っても「積ん読」になっています。

書くのがしんどい。読むのもしんどい

ぼくは『書くのがしんどい』という本を書きましたが、一方で「読むのもしんどい」人なんですよね。

特に学術書とか中公新書みたいに難しいものだとなかなか読み進められないですし、ネット上の文章も「よし、読むぞ!」と気合いを入れないと読み進められなかったりします。

ぼくは「読むのもしんどい」人なのです。

なのに、なぜ文章にかかわる仕事ができているのか?

それは書くのもしんどい&読むのもしんどい人だからこそ、読みやすい文章を書こうとするようになったということなのだと思います。

つまり「自分の文章くらいは読む人にラクをしてほしい」と思うようになった。読むのが苦手だからこそ、自分はなるべくわかりやすく書きたい。なるべく読みやすい文章にしたい。

そう思うようになったわけです。

なぜ「読むのがしんどい」のか?

なぜ、ぼくは「読むのがしんどい」と思ってしまうのでしょうか?

まず、そもそもその文章を読む「動機」が弱いんですよね。

本にしても、Web上の文章にしても「なぜ自分の人生の時間を使ってそれを読まなければいけないのか?」がなかなか見つけられない。そこを動機づけしてもらわないと、なかなか読もうという気になれないんです。(わがままですよね。)

だから逆に自分が文章を書くときは「なぜこの文章をあなたが読まなければいけないのか?」「なぜあなたの時間を頂いて、これを読んでもらう必要があるのか?」をなるべく示したいと思っています。

さらには「この文章を読むとどんないいことがあるのか?」もなるべく提示したいと思っています。ぼくはタイトルや冒頭部分で「読み手にとってのメリット」を伝えることが多いのですが、このあたりが理由です。早い段階で「読む動機」を与えて、文章に導きたいと思っているわけです。

あと、ぼくは読むのが遅いですし、文章を追うのがしんどいので、なかなか最後まで読めなかったりもします。

いざ読み始めても読みきれない。読んでいるうちに飽きてきたり「長いなー」と思ってしまう。そして、眠くなってきてしまいます。

なので、自分が文章を書くときは「最後まで読んでもらうための工夫」をしようと思っているんです。

※「最後まで読んでもらうための方法」は以下のnoteにまとめてみたのでよろしければご覧ください。

「ご機嫌伺い」しながら文章を編んでいく

とにかくぼく自身、読むのが苦手なので、自分が文章を書くときも「読者はこの文章を読んでくれない」ということを前提にしています。

なので、読み手を飽きさせないようにいろんな工夫をするわけです。小見出しを多めに入れるのもそうですし、ボールド(太字)を多めに入れるのも、自分なりの工夫です。なんとなく太字部分だけを目で追っても内容が伝わるようにしたいなと思っています。

文章の途中でも、つねに読み手に「ご機嫌伺い」をしています。

「ここはわかりにくそうだな」と思ったら「ここはわかりにくいですよね。もっと詳しく説明します」というような文を入れる。説明が長々と続いていたら「ちょっと長くなりますが、もう少しお付き合いください」みたいな一文を添える。

そうやって、まるで大切な人を接待するかのように「ご機嫌いかがですか? お疲れではないですか? こんな感じでよろしいですか?」とお伺いを立てるように文章を構成していくわけです。

すると気づけば、読みやすい文章になっていたりします。

読むのが苦手な人ほど、わかりやすい文章を書ける

もしぼくが、読書が得意で、どんな文章でもスラスラ読める人だったら、もっと長くて難解な文章を書いていたかもしれません。

でも読むのが苦手だったからこそ「読むのが苦手な人にも読んでもらえるように」と思うようになって、わかりやすく書こうするようになったわけです。

もし「読むのが苦手だから文章はうまくならない」「読書が苦手だから書くのも苦手なんだ」と思っている人がいたら、そんなことはないよとお伝えしたいと思います。

読むのが苦手だからこそ、読むのが苦手な人向けに、わかりやすく、おもしろい文章を書くことができる。読むのが苦手であるというのは、そういう書き手になれるチャンスでもあると思うんです。

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