光の啓示「第2章 アーティストたちとの出会い」
こんにちは、現在は世界初の新技法「ホログラムズコラージュ」のパイオニアとして活動しているTakayuki Hibinoと申します。
定期購読マガジン「光の啓示」では、1989年の夏、私がアート活動を始めたきっかけになった光の啓示から現在に至るまでの経験や出来事を記憶にある限り綴っていく実話です。
第2章 大きく進展。のつづき
アーティストたちとの出会いその1。
1995年~1996年の賞ラッシュをきっかけに、もう一つ広がったことがある。
それは、アーティストたちとの出会いだ。
アートコンペの授賞式の後には、必ずといっていいほど懇談会がある。
そこでは、審査員の方々や他の入選、入賞者のアーティストたちとの出会いがある。
また、アートイベントに参加する。
個展などの展覧会を観にいってもアーティストたちとの出会いがある。
アーティストたちのジャンルは、
画家、陶芸家、現代美術家、彫刻家、書画家、
美大などの学生、外国人留学生など
プロからアマチュア、そして学生までさまざま。
彼らとの出会いが今後のアート活動を大きく左右することになり、
それからの私のアーティストとしての飛躍はなかったことだろう。
今回はその中から、備前焼・窯元六姓・桃蹊堂、
二十六代目・陶芸家・木村英明氏を紹介しよう。
木村英明氏との出会いは、
1995年、岐阜市が主催したあかりのオブジェ展の授賞式後の
懇談会で同じテーブルになったことだった、
お互い入選し、たまたまテーブルで一緒になり、
彼は陶芸家として、
私はアーティストとして証明するために、
お互い活動をスタートさせたところだったので
意気投合し盛り上がった。
当時、彼は大学を卒業後に備前焼の陶芸家となり、
その後スペインへ陶芸とアート学ぶために
留学することになっていた。
引用 六古窯
https://sixancientkilns.jp/
引用 備前焼陶友会
https://touyuukai.jp/history.html
彼はその歴史ある備前焼の中でも
窯元六姓の木村家の26代目当主なのだ。
それまでの私は、
アートのことは、多少勉強していたが、
日本の伝統工芸について全く知らなかった。
備前焼が中国地方の岡山県備前市で
焼かれていることも知らなかった。
彼との出会いで伝統工芸について興味をわいたことを
今でも覚えている。
彼の印象は、
なにより素直で精悍(せいかん)な人と感じたことだった。
テーブルで一緒になったメンバーの話を、
素直に聞きいれ、
その話を複唱していたのが印象的だった。
しいていえば、けがれがない感じだ。
出会いというものは妙なもので、
どの出会いのときも、
現場では他に沢山のアーティストたちがいる。
その中から、たまたま?
偶然?
出会ったのに、今でも縁が続いている。
この出会いは偶然ではなく必然なのだ。
縁とはホント妙なことだとつくづく思う。
すぐ仲良くなりお互いの連絡先を交換し、
それ以来お互いの情報交換をしていた。
そして彼は、スペインへ、
私は、アート活動を加速させていくのでした。
つづく
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