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ヒロシマ女子高生任侠史・こくどうっ!(40)

 ヒロシマ城の周りは延焼を始めている。本丸天守閣に火が回るのも時間の問題だった。

 安奈は狭い通路を通り、ヒロシマ城内博物館へと入る。耐火式らしく、焦げ臭さまでは感じられない。ここならまだ保つだろう。

 そんな事を考えながら、鎧や槍、刀といった収蔵品の間を通り、更に上へ。

 惨殺されている天神会のこくどう達を縫って、二階三階と登っていく。江藤というこくどうはあのアオとミオ達よりタチが悪いようだった。容赦がない。全て斧で一撃──収蔵品のガラスが返り血で濡れている。

 M9の重さが安奈の不安を煽る。しかし、送り出してくれた世羅のためにも進まねばならない。

 天守閣四階に到着すると、軍議の間と称される三十畳ほどの広間が目の前に現れた。広間の奥には、事切れている江藤がいた。斧は折れ、壁側の柱に突き刺さっている。壁に刻まれた刃の傷は、彼女の奮戦を物語っている。

 そして、物見の入口から下を見下ろす、紺色の着物の女が一人──。


「嘘──」


 安奈は思わずそう漏らした。そこにいたのは、いっしょにカフェにいって、笑い合って、辛い時に言葉をくれて、友達だと言ってくれた──。


「偶然ね、安奈さん」


 白島は落ち着いたように、夜に星を浮かべるみたいに静かにそう言った。


「リノさん、どうして──」


「名乗ってなかったわね。白島莉乃。それがわたしの名前」


 手には扇。いつもと違って髪を結い上げて、只者ではないオーラを漂わせている。それがまた安奈には彼女が遠くなったようで辛い。


「リノさん。わたしあなたを助けに来たんです」


「助けに?」


 リノは扇で口元を抑えて笑いをこらえた。


「あなたが? 私を?」


「話すと長くなるんですけど、その……わたし、日輪さんと姉妹分、なんです」


 軍議の間全体の空気が重くなったように感じたのは、安奈の気の所為だっただろうか。


「不動院さんから、あなたを暗殺しろって言われて……で、でもそんなのおかしいと思って。筋を、通したくて」


 ばちん。

 扇にしては重々しく金属質な音が響き、リノは──『白島』は、安奈の言葉を遮った。


「そう。日輪高子の──姉妹分。あなたが、ね」


「はい」


「安奈さん。わたし、本当に嬉しかったの。もしかしたらあなたと本当の友達になれるかもって」


 白島は鉄扇をばち、ばちと鳴らしながら、畳張りの軍議の間、安奈の数メートル前に立った。


「私は、ただ単にこくどうのてっぺんに立つためだけの冷酷な人間じゃなくて──穏やかな部分だって残ってるんだって思いたかったの」


 安奈は絞り出すような言葉に口を挟めなかった。


「私は──私はね、安奈さん。違ったのよ。そういうのじゃなかった。あなたとの時間は楽しかったし、あなたと話したことに嘘はないの。でも、違ったのよ。私という人間はそもそもがこくどうという存在そのものでしかありえなかった……」


 ぎゅう、と鉄扇を握りしめる音が、安奈の耳まで届いてくる。白島莉乃が抱えてきたものが、確かに。


「私の母は、イギリス出身でね。金色の髪がとても美しかった。お祖父様の仕事の都合で、子供の頃に日本に引っ越してきて──高校は元町女子学院に入学したの。当時の学院は、こくどう部に入ることが義務付けられてた。母は聡明で、日本語もすぐに覚えたけれど……こくどうとしては何も才能がなかった」


 母は、あなたみたいに友人が欲しかっただけなのに、こくどう社会に馴染めないどころか、爪弾きに遭ったわ。髪の色が違う、目の色が違う、言葉が違う、趣味が違う、スカートの長さが違う、好きなものが違う、嫌いなものが違う──。

 些細なことで貶されて、騙されて、いつも謝っていたの。

 卒業してからも、こくどうとしてのメリットは何も享受できなかった。大学受験に失敗し、就職に失敗し、慣れないヒロシマでの生活で英語も忘れてしまって──挙句の果てには恋人に騙されて、シングルマザーになって、私を産んだ。

 物心がついたときには、母は世の中への──ヒロシマへの恨み言だけがすべてだった。そして決まって最後に私に言うの。


『莉乃。こくどうのてっぺんをとりなさい』


『あなたは私とは違う。誰より美しくて賢い子』


『あなたは誰よりこくどうとして偉くなって、ヒロシマの全てを手に入れるのよ』


 母は叶わぬ復讐に身を焦がされながら、五年前に亡くなったわ。私はね、安奈さん。こくどうのてっぺんに立つためになんでもやったわ。人として後ろ指を差されるようなことを何度も、何度もね。母は私がヒロシマのてっぺんに立つって信じてた。そのためなら、何も怖くなかったわ。

 私は信じてくれた母のために、ヒロシマのてっぺんに立つことにしたの。こくどうの長い歴史において、誰もなし得なかったヒロシマ完全統一──そのためには、ふさわしい首領ドンになる必要がある。神にも等しい権力とカリスマを兼ね備えた、完璧な人物に。


「日輪高子はね。私の目を奪った。てっぺんに立つこくどうには、一点の曇りも許されないわ。ましてや木っ端団体のチンピラ程度にそんなことをされたなんて、一生そそげない汚名よ。だから、私は彼女を大きくした。強大なこくどうとして」


「そんなの、変ですよ……だって敵なんでしょう?」


「いいえ。敵だからよ。私に立ちはだかった最後にして強大な敵を、真っ向勝負で討ち果たす──それこそが、汚名をそそぐ唯一の方法だった。あなたの代わりに日輪が来れば、完璧だったけれど……でも仕方ないわね」


 白島はそう言って静かに笑った。それはあの時、シフォンケーキを食べて笑みを見せたリノと同じだった。


「日輪の姉妹分であるあなたを、完膚無き迄に叩き潰す。あなたは生まれてきたことを後悔して私に『謝罪』する。生まれてきてごめんなさいとね。日輪はあなたの死に絶望しながら、自らも死を懇願するようになる」


「本気ですか」


「もちろん」


 あなたが簡単に謝るなと言ってくれたのに。友達だと言ってくれたのに。安奈は心根が冷えていくのを感じていた。それは彼女の中に確かに存在していた残忍な覚悟に他ならなかった。


「私は日輪高子の姉妹分です。彼女を害すると言うのなら、私が止めるのが『筋』です」


「そうよね。……そうなるわよね。それでこそ、彼女の姉妹分だもの」


 ぱちぱちと火の粉が弾ける音が遠くに響く。天守閣に火が回ったのかもしれない。もう残された時間は少ない。

 そうだ。もう時間は巻き戻らない。

 リノと過ごした時間も、死んでいった姉妹達も──高子との関係性でさえ、おそらく元に戻ることはない。

 全てを飲み込んででも、前に進むしか安奈には道がない。それがどんな酷道こくどうだとしても。

 白島は床に畳まれていたジャケットを掴み上げて、一気にそれを羽織り、背中を安奈に向けた。刺繍されていたのは、龍玉を掴み、雷雲の中を掻き分けて昇る龍。その左眼には瞳が入っていない。道龍会の金本も、思えばジャケットに刺繍を施していた。それは誇りであり、背負った覚悟の証なのだろう。


「あなたも日輪も始末して、奪われた目を取り戻す。画竜点睛を今こそ成し遂げて──私は、ヒロシマのてっぺんに立つ。覚悟はできていて?」


 白島は前を向いて、ひときわ大きくぱちん、と鉄扇を鳴らした。安奈の腹はそれで決まった。彼女の背負った覚悟の分、こちらも背負わねば、この戦いは勝てない。


「どうしても……戦わなくちゃならないんですね」


「ええ。もう後はないわ」


 安奈は息を吸って、吐いた。炎がチリとなって彼女の中に宿る。この戦いの先に何があるのか、今はわからない。だがもう背は向けられない。向かい合ったこくどう二人の決着が、つくまでは。


「……決着をつけましょう」

 その時、火の粉がするりと窓から入ってきて、尾を引いて二人の間で小さく爆ぜた。

 それが戦いの合図だった。

 安奈はM9を構え、トリガーに指を入れて引き絞った。躊躇はなかった。そんなことをする意味も時間もなかったからだ。しかし弾丸が発射されるその時、M9のバレルが下を向いた。白島は鉄扇をなげつけ、M9にぶつけて銃弾の軌道を無理やりそらしたのだ。

 ぶつかった衝撃、地面に発射された銃弾に、安奈は面食らう。すぐに構え直し、今度は頭と心臓目掛けて二射。白島は跳ね返ってきた鉄扇を掴むと、なんとこちらに突進しながらそれを開き、銃弾を防ぐ。そしてくるりと舞うように回転しながら今度は閉じて、上から棍棒のように振り下ろす!

 安奈はM9を前に出してそれをなんとか受け止めるが、たかだかアルミフレームのそれに全てを防ぎ切る強度はない。

 安奈はあえて手からM9を離し、鉄扇の一撃から逃がした。白島の右目──殺意に染まった酷薄な瞳が彼女を射抜く。

 逃げてはいけない。

 安奈はそれを見据え、空になった手で左拳を握り、白島の顔を狙う。

 次の瞬間、拳に激痛が走った。

 とっさに白島が頭突パチキを放ち、安奈の拳を逆に砕こうとしたのだ。ゾッとした。右で本気で殴っていたら、骨ごと砕かれていたに違いない。

 こくどうとしてのセンスが、経験したことのない未来ビジョンを想像させた。その未来は、安奈を一歩下がらせる。

 強い。他のどんなこくどうより、高子や金本よりずっと、強い!


「どうしたの、安奈さん。下がっていては喧嘩おどれないわ」


 白島はふう、と呼吸を整え、鉄扇を帯に差して両手で拳を握り、構えた。世羅のように特定の型があるようには見えない。しかし、それは安奈が見てさえ『完成』された美しい構えであった。


「それとも──もう降参?」


 ドスの効いた言葉に呼応するように、安奈もまた拳を握る。降参はしない。白島をここで下せなければ、自分は元より高子にも累が及ぶ。それだけはできない。

 一歩前に踏み出す。


「大したものね」


「私──降参しませんから」


 拳を繰り出す。こくどうになる前まで喧嘩なんかしたことない、そんな安奈が出すにしては、あまりにも堂に入った右ストレート。白島はそれを左手で受け止め、ぐるりと手首を時計回りに回転させ、いとも簡単に安奈の体勢を崩す。

 差し出された頭目掛けて、膝で蹴り上げる。蹴り上げられて棒立ちになった彼女目掛けて、今度は体ごと回転させ、着物を着ているとは思えないほど鋭い回し蹴りを叩き込む。

 畳の上を何回転もして安奈はふっとばされ、襖にぶつかり奥の階段から三階の博物館展示スペースに叩き込まれる。

 擦り傷から血が滲み、全身が砕かれたかのように痛い。安奈は壁に手を伝ってなんとか立ち上がり、ふらつきながら鼻血を拭う。


「安奈さん。降参?」


 白島が階段を降りながらそう問いかける。ぎい、ぎいと踏みしめた床の音が恐怖を煽った。


「でもごめんなさいね。もっと楽しませてね?」


 息を整え、考えを巡らせる。よく考えて決めろ。よく考えろ。今の安奈の脳裏に浮かぶのは、あまりにも離れた実力差だということくらいだ。


『視力低下は不利なファクターだ。中・遠距離戦なら、勝ち目はある』


 不動院はそう言っていなかったか。そうだ、日本史の授業で戦国時代の話があって、先生が言っていなかったっけ──。 

 安奈はとっさに仕切り用のポールを握り、その近くにあったガラスケースに叩きつける。警報音が鳴り響く代わりに、二度三度ですぐに砕け散った。

 中には一つの武器が入っている。

 天下三名槍のひとつにして、朝廷も所有していた伝説の名槍──その名を正三位・日本号。安奈はガラスケースの間に立ち、それを持ち上げ構えた。


「なるほど。距離も取れる、刃も付いてるから攻撃力もある──戦国時代では槍と弓で撃破数キルレシオを稼いでいたとも言われているのを聞いたことあるわ」


 白島は即座にそれを見抜いたが、まるで余裕といった雰囲気である。


「まあ使えるならということなんでしょうけど」


 安奈は槍を突き出す。長い分穂先はたわみ、円を描くように白島を襲う。ピストン運動でマシンガンのように、なおかつ自在に動く穂先を、白島は鉄扇でいなしながら悠然とこちらに歩み寄ってくるではないか。


「遊んでるような時間はないのだけれど……」


 そう言って、彼女は鉄扇で穂先に強烈なビンタを叩き込んだ。根本から刃が折れて、伝説の名槍はその役目を終えてしまった。白島はその穂先を拾い上げ、ナイフ投げの要領で安奈に投げつけた。

 その穂先は安奈の左目、その上を掠め、一瞬でどろりと視界が赤く染まり役立たなくなる。


「あらごめんなさい。これで条件は五分かしらね」


 安奈は混乱と絶望に心を塗りつぶされながらも、柄を捨て、拳を握るのはやめなかった。


「安奈さん。大丈夫よ。できるだけ痛くないようにするつもりだから……そのかわり、死ぬ時にはできるだけ無様に謝ってもらえると動画にした時映えるから、そうしてもらえるかしら?」


 白島が歩み寄るたびに、安奈の拳はどうすればよいのか分からなくなった。解けばいいのか、握り込めばいいのか。

 ただ一つわかるのは──安奈が諦めたその時には、自分だけでなく高子も死ぬだろうということだけだ。

 考えた結果はそれだった。


『ええか安奈。どんな時でも諦めたら負けじゃ』


 ゆりがささやき、消えていった。そうだ。諦めるな。安奈は歩みだす。こくどうは別れを産むもの。わたしはそうなることをもう受け入れたのだ。

 別れを回避するためには、別の別れを産むしかない。安奈は叫ぶ。それは言葉にならない気合だった。

 まっすぐに、一直線に駆け抜ける。白島の元へ──ただそれだけのために。

 安奈のタックルが白島を捉える。てっきりそのまま殴りかかってくると勘違いしていた白島は面食らい、階段に叩きつけられ背中に激痛が走った。

 安奈はすかさずマウントポジションを取り、拳を打ち下ろす。白島の頬に安奈の拳が突き刺さる。右、左、右、左。三度目は無かった。鉄扇の先が脇腹に突き刺さり、安奈の口から血の霧が吹き出した。

 白島の肘が鎌で刈り取るように首を捉え、安奈は階段の壁に叩きつけられる。視界がぐらつき、意識が一瞬途切れた。

 しかし、安奈はまだ力を残していた。白島の顔を掴み、後頭部を階段の角へと叩きつける。


「この……!」


 白島は着物の裾から蹴りを繰り出し、安奈を突き飛ばす。自身も立ち上がり拳を放つが、今度は安奈がその拳を脇に通して固め、白島の後頭部を掴んで壁に激突させた。

 お返しと言わんばかりに、白島は安奈に巻き付くようにくるりと回転すると、自身の膝に目掛けて今度は安奈の顔を叩きつける。またも安奈の鼻から、口から血しぶきが漏れる。その瞬間、彼女の奥のなにかがブチっと切れ、白島の両肩を掴んで階段を重戦車の如く登っていく!


「何が、何が友達だ! 裏切って、勝手なこと言って!」


 階段を登りきり、壁に叩きつけられた白島目掛けて、拳を振り抜く。肉を叩く感触が、何故か安奈の怒りを増幅させた。


「友達だと思っていたのに!」

 

 安奈の拳を受け止めて、押しのけるように反らして再び白島は拳を握り、逆に彼女の顔へ叩き込む。


「黙りなさい! 私だって──私だってェ!」


 まるでそう決めたかのように、交互に拳が飛ぶ。顔が、腹が、胸が、拳そのものが痛む。血しぶきが畳へと飛ぶ。

 安奈の拳が会心の威力を伴って白島の頬を抉り、彼女はなんとか倒れずに踏みとどまった。口元の血を拭い、彼女は吠える。


「そんなものなの、安奈ァ!」


 叫ぶように右アッパーを繰り出したのを見て、安奈はとっさに左肘を合わせた。それは偶然でしかなかったが、肘は拳を砕いた。あまりの激痛に白島の顔が歪み、隙が生まれる。

 今だ。

 安奈は彼女の見様見真似で、渾身のアッパーを放つ。それは偶然にも美しい軌跡を描いた。ちょうど彼女の背に宿る、空駆ける龍が如く。それは一瞬のはずだったが、何故か永遠のようにすら感じた。

 リノと出会ったとき。笑いあったとき。辛い中、言葉をくれたとき──短いながらも幸福だった時間が、音を立てて崩れていく。

 もう元には、戻れない。

 リノさん──ッ!

 気合一閃──拳が顎を捉え、白島の体が宙に浮く。畳に背中から叩きつけられ、その瞬間に彼女の髪留めが切れたのか金糸のように美しい髪が浮かぶように広がった。

 息の整え方がわからなくて、安奈はその場に膝をついた。全身が──その内面でさえ、痛まない場所が見つからなかった。


「……終わったわね」


 白島はぽつりとそう言って、苦しげに咳き込んだ。口端には血が滲んでいた。


「私は……全部失くしたわ。姉妹も、子分も……てんじんかい、もっ……」


 その声には涙が滲んでいた。無理もない。彼女は全てを失った。こくどうは力の世界。ましてや純粋な力でヒロシマを統べていた彼女が喧嘩で負けることは、間違いなく『すべて』を失うに等しかった。


「リノさん」


 安奈は彼女に近づき体を起こして、静かに──いつものように名前を読んだ。


「やめなさい。私は負けたわ。負け犬に成り下がって餌を乞うほど惨めなことはないわ」


「もう、いいじゃないですか」


「何がいいの!? あなたにはわからないわ。全てを切り捨てて目指してたものをたった今全て失ったのよ。全てよ!」


 安奈はその頬に伝う涙を、血ごとハンカチで拭ってから──彼女と同じ右目だけで見据えた。


「だって、リノさん生きてるじゃないですか」


「え?」


「私、姉妹を二人も失いました。もう、大切な人を失うのはいやです。だから、リノさんも筋を通してもらえますか?」


「は? あなた、何を言って──」


「リノさん、喧嘩で私に負けましたよね。だから、私の言う事聞いてください。生きてください。それでまた、おいしいケーキのお店に一緒に行きましょう」


 安奈はそう言って笑った。あれだけ傷付けられ、叩きのめされてなお、敵を憎むのではなく許すとは。

 白島はようやく自分の敗北を認めた。認めざるを得なかった。この器量の大きさは並大抵のことではない。彼女は本物のこくどう──本当に、ヒロシマのてっぺんに立つべきこくどうかもしれない。白島は安奈に抱き起こされながら、ジャケットを脱いだ。真にこれを継ぐべき人間は目の前にいるからだ。


「安奈さん。このジャケットをあげる。これは天神会の──いえ、ヒロシマのてっぺんに立つべき人間に赦されたジャケットよ。わたしを倒したあなたに託す。煮るなり焼くなり、好きにして頂戴」

 安奈は彼女の真剣な様子に、静かに頷いた。白島は床に落ちていた血を指で拭うと、それを龍の左目に押し付けた。
 今ここに、ヒロシマという地に龍が降り立ったのだ。

「日輪高子が本当にてっぺんに立つべき人間だというのなら、彼女に渡してもいい。いいこと、安奈さん。てっぺんに立つ人間は、伝説になる。それはこれまでの歴史と戦いを背負うということ。人の命と死を背負うということ」


「命と、死──」


「なろうとした身で言うのもなんだけど……そんなことができる人間は多分いないわ。こくどうは命を投げ捨てて死を産み操る者よ。なぜならそれが利益を産み、権力の源泉となりうるから。てっぺんに立つ人間は、乙女の未来を託せる人間でなくてはならない。日輪高子がそうでなければ、あなたが──」


 銃声が轟いたのは、そう彼女が言葉を切ったときだった。

続く

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