#アイアンナックル短編集
天使が街にやってきた(後編)
「……家に戻るのが嫌で仕方ねえな」
オールドハイト東地区、サイの住むアパート前。普段は使わない喫茶店に入り、窓際──ガラスの壁で道路と隔てた席で、コーヒーとサンドイッチをつまみながら、ドモンとサイは見慣れたアパートを見上げていた。
窓にはブラインドが降りていて、中の様子は伺いしれない。
「ともかく、奴さんはあんたを最終的には殺すつもりでしょう」
ドモンは端末に来たメールをサイに見せながら言っ
天使が街にやってきた(前編)
「君も隅に置けませんねえ」
ニタニタと笑顔でそう言って笑えあえたのなら。それは幸せなことだっただろう。
残念ながら、その相手だった男──サイにはそういう感情はない。むしろ憂鬱そうな表情だ。オールドハイト、セントラルパーク。暖かい季節だ。ベンチに座り、新聞や本、タブレットで文化を摂取する──白い雲が伸びて消える。
「いつの間に同棲なんか始めたんです? 仕事ばっかりだと思ってましたけど、やることや
オールド・レディ・ハンティング・ナイト
薄暗い夜だった。
タールのように波打つハドリア湾が、自分の心がそうであるように、穏やかな煌きを放っていた。向こう岸にはセントラル地区のタワー達が、眩いばかりの閃光を放っている。
まるで宝石のようだ、と彼女は思った。
全身が粟立つような不快感さえなければ、いつまでもこの光景に見とれていたかった。だが彼女には──ディアナと呼ばれるその女には、そんなごく普通の時間すらなかった。なぜなら仕事の最