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アイアンナックル──ミリオンテイルズ──

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暴力と悪逆が支配し、あらゆる怪異や眉唾ものの噂──そのすべてが煮られた地獄の釜の底。それがアメリカ合衆国が誇る悪徳都市オールドハイト。街に巣食う奇妙な人々が織りなす様々な話(ミリ… もっと読む
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#小説

リトルウィッチ・ア・キル・ゼム・オール! 〜ホリデースペシャル〜 #パルプアドベントカレンダー2021

リトルウィッチ・ア・キル・ゼム・オール! 〜ホリデースペシャル〜 #パルプアドベントカレンダー2021

 白い中古車の中で、カーステレオから声がする。明るく甲高い、ハキハキした喋り方──誰にも聞こえない声だが、その車の主にだけは聞こえていた。

『……故郷を捨ててアメリカにやってきた彼女は、今日も仕事に大忙し! がんばって! 魔法少女はみんなの味方。愛と勇気があれば、誰にも負けないんだから! 次回、魔法』

 女は手を伸ばし、ステレオのスイッチを入れた。声はかき消え、ラジオから陽気なDJが、曲の紹介

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都市伝説系Vtuberマリー&ホロウ(8)

都市伝説系Vtuberマリー&ホロウ(8)

「それにしてもわからん」

 廊下を通り、ライブステシージそばのバーカウンターでビール瓶の後片付けをしながら──サイはポツリと呟いた。

「ホロウはどうしてトイレに出てきたんだ? WiFiが届いてたからって理屈はわかる。だがそれだと、鏡に突然映ってた意味がわからん。受信できる機器は何も持ってなかったんだぜ」

「……もしかしたらですが……元ネタがあるんじゃないですか?」

 ドモンは最後の一本にす

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都市伝説系Vtuberマリー&ホロウ(6)

都市伝説系Vtuberマリー&ホロウ(6)

Days3

 また朝になった。
 憂鬱な朝だ。結局昨日はTJを一人にするわけにもいかず、ガレージにあった寝袋で、ドモンとサイの二人は夜を明かした。
 TJがオートミールを用意してくれたので、二人はそれをスプーンでなんとか流し込む。サイはおかわりでもするのかという勢いで皿を持ち上げたが、果たして彼の舌がまともに動いているか疑問だった。恐怖で麻痺してしまっていると言われても、驚かない。
 TJは昨日

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都市伝説系Vtuber マリー&ホロウ(5)

都市伝説系Vtuber マリー&ホロウ(5)

「Wifi使う? うち、ケーブル回線だけど結構速度でんの」

 TJは朗らかに、机の上のWifiルーターを指差しながら言った。

「あー、僕ら今スマホ持ってないんで」

 サウスパークの低所得者住宅街──TJの自宅、一軒家のガレージに招き入れられた二人は、ビールケースにようやく腰掛けて一息をついた。
 彼女はスマホを棒から取り外し、三脚に据え付けた。まだ撮影するつもりらしい。

「マリー&ホロウっ

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都市伝説系Vtuberマリー&ホロウ(3)

都市伝説系Vtuberマリー&ホロウ(3)

 ドモンは刀を抜いた。抜くべきだと考えた。男はすっくと立ち上がり、首を左右に傾けながら骨を鳴らし、ナタを握った手を前に出した。刃は肩と水平に。ナイフ術に似た構えであった。

「に、逃げたほうがいいか……?」

「少なくともその準備はしといてくださいよ」

 ドモンは自分の額に冷や汗が浮いているのを感じていた。それほど目の前の男には異常な『何か』が感じられた。
 こいつは殺さねば、逃げられぬ。
 男

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都市伝説系Vtuberマリー&ホロウ(2)

 ポップコーン。クラウン・ピザのデラックスステーキピザLサイズ。タフ・ビール4本。
 冷凍庫の中にはバケツアイスを買っておいた。
 それでも、ドモンの気は晴れない。映画を見るなら別だが、今から見るのは殺人オークションだ。
 マリー&ホロウのチャンネルでは、定期的に『降霊会』と称してそうした悪趣味な催しをしている。
 投げ銭と呼ばれる電子的おひねりを対価に、殺してほしい相手の名前を書き連ねる。
 マ

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ライク・ア・ヘル・エッジ・ロード(8)

 思えば、男性と同じ空間でこんなに長い時間を過ごすのは、初めてかもしれなかった。
 少なくとも、ブチ殺そうと考えずにいること自体が奇跡だ。アドにとっては、男性というだけで憎悪の対象。それが普通だった。

「昔──」

「う?」

「昔、好きな男の子がいた。同じ小学校の子で──今思えば、足が早かったとか……そんな程度のことでしかなかったんだけど」

 当時のアドには、その気持ちを示すだけの知恵が無か

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都市伝説系Vtuberマリー&ホロウ(1)

都市伝説系Vtuberマリー&ホロウ(1)

 Days 1

 アメリカ合衆国グリーンウェル州オールドハイト市。その中央区にあるダイナー、レッドドラッカー。その窓際の席に、二人の男が座っていた。
 スーツ姿の男が、向かいの席に座り、突っ伏している男をなだめている。

「あのな、ドモン。そうやって机の上に突っ伏しててもどうにもなんないんだぞ」

 窓の外で車のヘッドライトが煌めいていた。まるで星空のようだ。もっともそんなもの見たことないが──

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(終)ライク・ア・ヘル・エッジ・ロード(10)

(終)ライク・ア・ヘル・エッジ・ロード(10)

 あれから三日が経った。
 色々あったが──とにかくアドもセブンも無事でいる。今はオールドハイトの中央区──その一角にあるダイナー『レッドドラッカー』で、やたらに濃いコーヒーを飲んでいる。

「おかわりは? メイドさん」

 ダウナーな態度を隠しもしないウエイトレスが、コーヒーポットを片手に言った。

「いらない」

「あっそ。どうでもいいけどコスプレイベントかなんか?」

 ウエイトレスが言うの

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ライク・ア・ヘル・エッジ・ロード(9)

ライク・ア・ヘル・エッジ・ロード(9)

 とにかく最悪だった。
 拭った鼻血が唇の上で乾いて気持ちが悪い。アドは心に決めていた。こんなくそったれな仕事はもうたくさんだ。ストライカー稼業は廃業する。誰がなんと言おうとだ。
 組織が足抜けを許すかどうかとか、どうやって生活するのかとか、そういうのはどうでも良い。邪魔するヤツは──。
 ブレーキを踏んだ。踏まなくてはいけなかった。これはよくない。

「クソッ!」

 ハンドルにパンチをかました

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ライク・ア・ヘル・エッジ・ロード(7)

ライク・ア・ヘル・エッジ・ロード(7)

 ボクサーに銃口を向けたのは初めてだった。ヘビー級を遥かに超えた体格だろうが──それより厄介なのはブラスナックルとブレーサーだ。
 顔や体に当てようとするのは得策ではない。アドはすぐにそう判断し、足元を狙ってとにかくトリガーを引く。BLAM!
 少年の手を引っ張り、トリガーを絞り続ける。BLAM! BLAM!
 しかし、シスターは意に介していない。ここは車両の最前列。いくら撃たれようと逃げ場は無い

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ライク・ア・ヘル・エッジ・ロード(6)

ライク・ア・ヘル・エッジ・ロード(6)

 セントラルパークを出ると、アドは自分のスカートがドロドロになってしまっているのに気がついた。
 着替えたい。車で行くつもりだったから、このメイド服は恐らく目立つ。
 少年は人通りの多さと摩天楼の高さに圧倒されたのか、目をきらきらさせながらあちこちに視線を向けている。
 とにかく時間がない。

「キョロキョロすんなよ。ついてこい」

 前向きに考えるべきだ。メイドが子供の手を引いて移動する。それ自

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ライク・ア・ヘル・エッジ・ロード(5)

「やあ、来たね。座りなよ」

 伯爵、と名乗ったのは女だった。クラシカルな茶色のハンチング帽を載せて、緑色の古風なフィールド・コートを羽織っている。栗色の髪をフィッシュボーンにまとめた、一見普通の女である。
 それも見た目だけなら、だ。
 トリコロールカラーにペイントされたL96A1を膝に置き──英国製スナイパーライフルをまるで猫にするように撫でながら、不敵な笑みを浮かべている。
 やはり前言撤回

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ライク・ア・ヘル・エッジ・ロード(4)

ライク・ア・ヘル・エッジ・ロード(4)

 屋敷の外まで転がり出るように飛び出して──ようやくアドは自分の鼻から血が出ていることに気づいた。触ると痛いが、折れてはいない。
 最悪だ、畜生。
 モノクロストライプ柄のハンカチを取り出すと、痛みを我慢しながらそれを拭った。
 ついでに涙まで出ていたので、それも。
 少年は物珍しいのか、アスファルトの上をもぞもぞ動いていた蟻を観察している。
 それはいい。しかし、これからどうする。あの化物みたい

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