出会い系サイトに登録した

年齢イコール彼氏いない歴の女がここに一人いる。傍らには何時買ったのかも覚えていない、健康飲料。百円ショップで購入したイヤホンは片方の銅線が千切れていた。

スタイルにも顔かたちにも自信がない。性格が明るい方でない事も重々承知だ。カラッとした太陽に割られた海の潮風が鼻孔を擽る時でさえ、内でくすぶる陰鬱な黒塊はドロドロと液状化し、口から吐き出される。高らかなるウミネコの嘲笑が私の魂を平手打ちする。勘弁してくれ。私の腸は既に絞殺されているのだ。

こんなわけで私は一人では生きられない。誰かに依存したい。誰かに甘えたい。寄りかかっていたい。自分の足では立ち上がれない。煙草を吸いながら甘い自傷に浸っている内、ふと、記憶の無限遠方で人工灯が透けて見えた。丸くて優しいその立ち姿は、まぎれもなくパパとママだ。途端に、ほっぺがフニフニと潰れる感覚。懐郷と哀愁とで涙が止まらなくなってきた。ぽた、と一滴の涙がこぼれる。ああ、みっともない、涙で救えるのは自分だけだ。シンジくんだって言っていたじゃあないか。わずかに残る学生然とした自制心に発破をかけつつも、有り余る動物然とした無秩序と混沌が私に襲い掛かる。結局その日は涙が止まらなかった。

こんな自堕落にそろそろ居心地の良さを覚えてきたあたりで、私は出会い系に登録した。出会い系なんて”そういう”男の人で溢れているだろう。ひどく空虚でデカダンスなラブになるだろうが、それでも、何か満たされる感覚を与えてくれるならば誰でも良かった。事実、自暴自棄が予測した軌跡は正確だった。

初めてのデートは新宿駅で待ち合わせだった。ちらちらと時計を確認しつつ気だるげに歩む彼は、遠目から見ると普通のサラリーマンで、近くで見ても普通のサラリーマンだった。自分の遅刻を詫びる素振りも見せなかったけれど、そもそも相手は誰でもよかったのでまぁ、いいかと思った。けれど、プロフィール写真に写っていたのが虚栄の美男子だと知った瞬間は少しだけ落胆した。身長も自己申告より10cmは低い。あーあ。


「つまんなーい」ふと、こぼれた喘ぎ声。これは演技じゃない。


目が覚めたら、そこは知らない世界だった。キラキラした装飾も、わざとらしく洗われた蒼白なシーツもない。ただ3次元方向に広がる漠然とした無と、明かりという概念から解放された良好な視界が与えられていた。イったまま死んじまったのだろうか。一番ありそうでありえない選択肢を思い浮かべる。ふと下を見ると自分の肉体は消えていた。四肢、胴体、首、どれ一つとして残ってやしなかった。途端に、たとえようもない恐怖に襲われる。「返して」と叫ぼうにも、喉に入るはずだった力は放射線状に霧散する。思わず手を口に当てた。しかしそれは神経の錯覚というべきもので、私の手はやはりどこにもない。

どれほどの時が経過しただろうか。私は今置かれた状況についてある程度整理することができた。どうやら私はVRのような視界乃至感覚の居住区のみを与えられ、その他は何もないということだ。いつもの癖で涙を流そうにも、むべなるかな、頬を伝う熱い小川も、視神経を冷やす泉も感じることができなかった。否、もしかしたら涙を流す前に私は泣いていたのかもしれない。現空間においては最も頼りない認識である視界が、本来五つに分かたれた外部へのアンテナを支配していた。それは非常に悲しくて苦しくて恐ろしくて堪らなくて、しかし更なる時を経ると、それらは余すことなく、甘美な無能に醸造された。

もう物理的な時間の流れも感じなくなった。正確には、知ろうとすらしていなかった。私はただ眠りについたように不動を貫き、いずれ来るやもしれない終焉への軌道を緩やかに回っていった。

パパ、ママ。







「おぎゃああ」

鳴り響く怒号。響き渡る嬌声。きっとこれは演技じゃない。

かつて「私」だったものは肉体という不完全な器を捨て去り、完ぺきに満たされた魂としての復活を果たすのだ。滅びへ至る道は広く、生命へ至る道は狭い。神よ、そういう事なのですか。これが生命だというのですか。全てを捨て去り、ただ身を委ねる事、それが私のあるべき姿だと?悪魔的に自堕落で脆い私を、肯定してくださるのですか?

嗚呼、熱い涙が蘇る。




「---昨夜、新宿区の〇〇ホテルで、殺人事件が発生しました。容疑者は25歳の女性、被害者は28歳の男性で、ナイフのような凶器で腹部を何度も刺されたことによる、失血死と見られています。なお、容疑者は自殺……」


#2000字のドラマ

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