#59 私が?!

後楽園ホールでのロープワーク
ロープが体に軋む音
受け身はキャンバスをバンプする音がホール内に響き渡る

言葉に表せないほどの気持ちを胸いっぱいに私は無我夢中で全世界女子プロレスのロゴの入った試合用のリングの感触を体に味あわせていた

「よしっ!大丈夫そうだ。ひろしちゃーん(亀さんの旦那さん)!リングはバッチリだわー!ありがとう!」

それを聞いて亀さんの旦那さんはグッとサムズアップしニカッと笑った

「じゃあ売店チェックして社長のとこ行くか」

「ハイ!」

そして私たちはお客さんの入場口の方へ向かう
そこにはすでに売店が用意されていてTシャツやマフラータオル、ポートレートにDVDなどが並んでいた

「ほんとウチの人たち仕事が早いわー」
と、夢子さんは腕を組んで関心しきり

「夢子さんも売店立つんですか?」

「いや、今日は何があるかわからないから断ったよ。ファンの人には申し訳ないけどさ。まあ試合するわけでもないしね。その代わり昨日一日中家でサイン書いてたけど」
とポートレートを指差した

そのポートレートには今日の日付と夢子さんのサイン、そして「直接書けなくてごめんねー」という一言が添えられていた

セカジョの売店の入場口を挟んだ並びに薨の売店も用意されていた
その売店の準備をしてるのは薨の事務所のスタッフなのだろうかモデルのようなスラっとした女性2人と男性1人が真っ黒な日本のプレタポルテ代表的ブランドとドイツの世界的有名なあのスポーツブランドが手を組んだあのブランド(まどろっこしいぃぃー)のお揃いのジャージを着ていた

どれどれ?

売店のスタッフと話し込む夢子さんの目を盗み薨の売店をチェック

ポートレートというか薨の写真を使用してるようなグッズは一つもなく
先述のあのブランドとのコラボのTシャツ、靴下、ベルト
そしてあの誰もが知るベースボールキャップのブランドから59FIFTYベースのコラボキャップにバケハ

カカカ、カッコイイーー!!
と思わず声に出そうになったが押し殺す

なんなの?
これってプロレスグッズなの?
転売ヤーに買われちゃいますよ!

デザインはいたってシンプル
ボディは全て真っ黒でシルバーの刺繍で「薨」という一文字が何のフォントかわからないが象形文字みたいなのが入っているだけ

だがそれが洗練されていて本当にカッコイイ

「うーん、Tシャツは無理だけどキャップならギリ手が出るかな?いやーワンチャンもらえたりしないかなぁ?」
などといやらしい算段を小声でブツクサ言ってると

「何、独り言ずっと言ってんのよ!行くよー」

「あー、ハイ!すみません行きましょう!」

「何でアンタが指示してんのよ!ほんとよくわかんない子だわ」
首を傾げる夢子さんの後をトボトボついてまた4Fへ

大部屋の楽屋に人が溢れ返っていた
だがその一角にだけパテーションで仕切られた場所がある

「失礼しまーす!」

その中に入ると社長が1人で座って団扇を扇いでいた

「おう!暑いなあ今日は」

「おはようございます」
2人でペコリ

「夢子!頼むな。お前が現場監督みたいなもんだからよ。無事に2人をリングから下ろしてやってくれ」
ギッと真剣な眼差しで夢子さんに告げた

そしてその社長の言葉に
「わかりました」
真摯な態度で夢子さんは応えた

「ああーそうだそうだ、たま!」

「えっ?!あ、ハイ」
急に振られて驚いてしまった

「真琉狐のセコンドには亀松がつく!夢子は現場を仕切ってもらわなきゃいけない。まあニュートラルな立場で試合を見てもらうってわけだ。わかるか?」

「ハ、ハイ。わかります」
コクリと頷く

「てことでお前にはカーコのセコンドをやってもらう!」


んんん?
あれ?
社長、今何て言ったの?
何か不可思議なこと言ったよね?

あれ?
確かカーコって薨のことだよね?
そのセコンドにつく?
あー、ハイハイなるほどね!

了解了解
わかりまし、、、


「えぇーーっ!!私があぁぁーーっ?!ヤバッ!ヤババーーッ!!」
控室内に響き渡るくらいの大声を出してしまった

「うるさいわっ!!たくぅっ」

「あ!す、すみません!!」
ペコリ

そしてすぐに夢子さんが割って入ってくれた
「社長!この子今日がセコンド初なんですよ!流石にそれは!それよりカーコの方のスタッフがいるでしょ?!売店にもいましたよ!」

「あー、アレは売店のスタッフだ。別にアイツの事務所にプロレスの専門スタッフなんているわけじゃないんだぞ」

「いや、そりゃそうかもしれませんが!」

「アイツ自身は海外でずっと1人でなんでもこなしてきたからセコンドも付き人もいらないって言ってたがそうもいかないだろ?別にお前の言うセコンドの勉強たって結局は先輩の動きを見て見様見真似でやって覚えたんだろ?別に変わりゃしねえよ」

「ぐっ」
夢子さんは言葉を詰まらせた

夢子さーん!もうちょいがんばってーと心の声で叫ぶが届かなさそうだ、、、

その時廊下から
「薨選手入りましたーー!!」
と声が聞こえた

「ま!そういうこった。たま!がんばれよ」
そう言って社長はニタァと笑う

「く、くぅー」
急激に半端ないプレッシャーが私に襲い掛かる

そして2人で廊下に出る

「ハァ」
私は溜息一つ

「たま、大変だけどがんばってくれ!私の目の代わりになってカーコを見てやってくれな」
ポンポンッと肩を叩かれた

「ハ、ハイィィー、、、」

「大丈夫だって!ああ見えてあの子結構面白いとこもあるからさ、ね!」

「ハイ、わかりましたぁ」

夢子さんはスマホの画面をチラッと見て
「真琉狐遅いなぁ。ちょっと連絡してみるわ。じゃ、控室ノックして入っていけばいいから」
そう言って東側の階段の方にかけて行った

OH!NO!
オーノーですよ夢子さぁぁん!!
ついて来てくれないのうぉぉーー?!

あ、そうだ!!
亀さんだ!
亀さん探そう!!

て、何処で何してるかわからないぃぃーー!!


薨への憧れからくる緊張
初めての仕事を一人で任されたプレッシャーで押し潰されそうになりながらももう腹を括るしかない

薨の控室前に立つ

フーッと一呼吸

もうどうにでもなりやがれってんだ!!

うーっ
うぅーーっ

南無三!!

コンコン

「し、し、失礼しますっ!!」

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