#55 電話が鳴る
「へ?ゆ、夢子、、さん?」
いきなりのことで一瞬状況把握が出来なかった
あ、アレ?真琉狐さんのことぶったよね?
すると真琉狐さんが
「ゔぅ、うぅぅ」
と言いながら目を開ける
「ま、真琉狐さん!」
良かった!良かったよ!
真琉狐さんが生き返った!!
そんな私の様子を見て
「アンタ、真琉狐が死んだと思っただろ?」
「え?あ、あ!あぁぁ」
私は何が言いたいんだ?
「いいか?たまぁ、頸動脈を押さえて頭に血流が行かないようにして失神させただけだ」
「け、け、頸動脈を、、押さえる?」
「そう!プロレスや格闘技、柔道ではままある話だ。まぁとりあえず真琉狐に水を飲ませてやってくれ」
「あ、ハイッ!」
真琉狐さんの上体をゆっくり起こしペットボトルを口に運ぶ
無茶をしてたのだろうゴクゴクゴクゴク真琉狐さんは一気に水を飲み干しそして項垂れた
そんな様子を見届けてから夢子さんが口を開いた
「真琉狐、頭スッキリしたか?」
真琉狐さんは項垂れたまま両手をマットにつき
「ハイ、ありがとうございました」
ゆっくりと夢子さんは真琉狐さんの前にしゃがみ込む
「ねぇ、アンタのやりたいプロレスってこういうこと?」
「、、、」
「アンタのスタイルって楽しく美しく。で、時に激しく。そんなプロレスじゃないの?」
「、、、」
「私はアンタに、いや下の子たちには全員に言ってるよね。常に心の匕首を磨いておきなさいって。だからこうやって関節だけを取り合う普段のプロレスではあまり見ないような練習も怠らない。ねぇ、真琉狐。心の匕首を抜く時ってどういう時かわかる?」
無言で俯いたままの真琉狐さん
夢子さんは優しく諭すように続ける
「アンタの習っているキックボクシングの技術やこういう関節技。パンチだってチョークだってプロレスでは反則技だ。それでもやらせたり推奨してるのはそこから良いモノを取り入れて欲しいというのはもちろんだけど何か突発的にアクシデントがあった時に自分の身を守り対処出来るようにだ!なのに今のアンタはそのアクシデントを起こそうとしてるような目をしてるよ」
「、、、」
「アンタをここまで追い詰めてる理由は私に全てはわからない。でもその責任の一旦が私にあることだけは確かだ。だからその理由を試合前までに聞かせてくれ!そして何よりアンタに今一番必要なのは頭も体も休めることだ!今日はこれで終わりだ。明日も休みにする。わかった?」
「、、、ハイ」
真琉狐さんは蚊の鳴くような声で返事をした
夢子さんは時計を見て
「確かそろそろカトちゃんが営業で出るはずだから、、たまぁ!」
「ハ、ハイッ!」
「営業先、真琉狐の家の方だから送ってもらえるように頼んできて!」
「ハイ、わかりました」
私は階段を駆け上がる
事務所に入りその事を告げると社長も加藤さん(営業)も快諾してくれた
そして真琉狐さんはペコっと一礼して帰路に着く
だがその背中からは普段の漲るような生気は感じられなかった
そして翌日の練習後、夢子さんに一本の電話が入った
「あ!栗田さん久しぶりー元気?どうしたの?電話なんて珍しい。え?あ、うん。」
夢子さんの顔がみるみる曇っていく
「そう、、、わかった。ありがとう。また今度私も顔出すよ。うん、じゃあまた」
電話を切り「はあぁぁー」と長い溜息
心配になりながらも聞くわけにもいかないので黙って夢子さんの顔を見つめる
するとようやく夢子さんが口を開いた
「栗田さん、真琉狐が行ってるジムの会長さんね。今日も時間が空いたからって練習してさっき帰ったらしい、、、ここでの練習が終わってからも行ってるみたい。ほぼ毎日来てるみたいで様子も変だし大丈夫なのかって」
「そ、そんなに、、、」
「けどこのままだと試合自体を中止せざるを得ない。かと言ってこの試合が終わらないときっとあの子はこのまま壊れていってしまう、、、」
「、、、」
「同じなんだよなぁー」
「同じ、、、ですか?」
「そう。あの時、ヒデが亡くなってカーコが道場を去った時とさ」
「そうなんですね」
「あぁ、合同練習でもやたら突っかかって寮も1人だから夜にぶっ倒れるまで道場で自主練してたり。そのくせご飯もまともに食べないから挙句の果ては入院。まあ2〜3日で済んだけどさ。そこからは私を中心に選手の誰かが泊まり込みで新婚の亀ちゃん家でご飯食べさせてもらってさ。ゆっくり時間を掛けて心を解いていったって感じでね」
「そんなことがあったんですね」
「そう、誰だって何かに無心になって現実から逃げたいことってあるじゃない?例えばお酒とかって手もあるでしょ?趣味に没頭とかね。あの子は元々無趣味で運動経験とかも無しで急にプロレスにハマって入門してきた。だから体を酷使して自分をイジメ抜くことしか無心になれる術を知らなかったんだろうね、、、」
「、、、でも、今の真琉狐さんは多趣味だし夢子さんや亀さん、セカジョのみんながバックアップしてることはわかってると思うんです!、、、」
「まあ、それはあの子も理解してると思うよ。たまだっているしね!でもこういう時に人の本質というのが覗くんだと思う。なんとかしてやりたい!ただ、、、今回は時間がなさ過ぎる。もう後、二週間くらいだ。それまでにあの子が心を開けるかそれともぶっ倒れるか、、、とにかく私は栗田さんとも蜜に連絡を取り合って安全に当日を迎えられるようにやるしかない。たまも普段のままであの子に接してやってくれ!頼むよ!」
「ハイ!わかりました!」
「とりあえずスケジュールの変更しなきゃだな」
夢子さんは次の日からスケジュールを変更し真琉狐さんを道場に迎え入れるように体制を整えた
ほぼ付きっきりで技練や実践練習を繰り返しながらもしっかりと休憩時間も取り真琉狐さんの体と精神の様子を見極めながらタイムスケジュールをその場その場で組んでいった
真琉狐さんも徐々に夢子さんの気持ちに応えようという想いが練習姿から見て取れるようになってきた
そして6月に入り試合まで後一週間に迫った
今日は練習は休み
私もたまには何か駅前でなんとかフラペチーノでも飲みながらウインドウショッピングでもしようかなと出掛ける準備をしていた
そして階段を降りて扉前の鏡を見ながら
「うーん、いい加減コンタクト買った方がいいかなぁ?まあギリ裸眼でも練習の時困らないからなぁ」
と言いつついつもの丸メガネを掛ける
すると扉が急にガチャッと開き
「うおーーっ!!あ!夢子さん!!ビックリしたー!!お、おはようございます!」
ペコリ
「ビックリしたー!!じゃないよ」
「あ、アハハ」
頭を掻く
「え?何かあったんですか?」
「ん?そうそうパソコンをリュックに入れ忘れててさめんどくさいけど取りに来たのよー。てか、ん?アンタどっか出掛けるの?」
「あ、ハイ。たまにはなんとかフラペチーノでも飲みに行こうかと思いましてー」
「そっか、そだね。たまには気晴らしすんのは良いことだよ!」
「ハイ」
夢子さんは事務所にパソコンを取りに上がっていきしばらくして戻ってきた
「アレ?アンタまだいたの?じゃあ一緒に駅まで行く?」
「ハイッ!!」
するとその瞬間に夢子さんの電話が鳴る
そしてスマホの画面を見て夢子さんは青ざめた
「もしもし、、、えっ?、、、うん、、、真琉狐が?、、、え?、、、倒れて、、病院に運ばれたぁぁ?!」
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