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「プログラミング教育の最前線」はしょーもなくも生々しいエピソードでいっぱい。これが現実だ。 情報処理学会誌 2020年8月号

だてに「プログラミング教育の最前線」というタイトルになっていない。最前線はエキサイティングで身も蓋もなくてもの悲しいものだ。出てくる具体例、現場ならではのリアルなものが多くて面白い。情報処理学会の月刊誌だが、紙版もKindle版も1号ずつamazonで買えるのでオススメ。

・プログラミング教育の流れから始まったコンピュータ的思考が、結局は「フローチャートをみんなで書く」ようなカリキュラムになり、先生がフローチャートの意味を理解できてないのでまともな指導ができず、「なんとなくプログラミング教育が必要だから」みたいなお題目のもと換骨奪胎していく
・実際に機材を購入する各地方自治体の教育委員会の中には、注文ルートがファックスと指定代理店しかなく、市価で2000円程度のmicro:bitが納品時に6000円になるところもある
・CoderDojo等の市井のプログラミング教室が広がり、小学生が親のためや自分のために見事なプログラミングをしている
・子どもたちが喜びを持って「自分にとっての初めてのコンピュータ」として1500円のIchigoJamをハンダ付けしている
・Sonyのtoio(開発者の田中章愛さんも寄稿している)や、特集には参加していないけどNintendo Laboのように、大企業からも面白いプロダクトが出てきている

等々、学校教育での「プログラミング教育」とそれ以外でのプログラミング教育に現場で取り組んでいる著者達の寄稿は、どれも具体的な事例が豊富でメチャメチャ面白い。

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公的にやるプログラミング教育のジレンマ

プログラミング教育については、
-これからの社会でコンピュータサイエンスの重要性が増す。物理や自動車や資源などについて学ぶように、可能な限り多くの人が素養を身につけた方が良い。
-プログラミングは能動的な行動なので、決まったカリキュラム通りに全員が同じことを学ぶようなやりかたは疑問
というジレンマがあり、そこに「大きくやり方を変えるようなリソースが投入できないし、横並びを前提にしている教育を変えるようなビジョンもない」ことも相まって、
必修化になっちゃったし、公的にはなんとなく雰囲気的にやってることになってるけど、実際はできる範囲(なるべく現状を変えない方向)で動いているという状況にあるようだ。

戦略は最前線でなくて国会で決まる。国会は今日も「委員会にマイボトルの持ち込みを認めるか」みたいな小学校以下の議論をしている。今回執筆したような現場で懸命に働いている識者のみなさんは、たまったもんじゃないだろう。

実際に、全員が一定のレベルまでたどり着く教育はとても大事で、なくすことは良いと思えない。クリエイティブな教育と、そういうボトムアップは、どの程度共通性があってどの程度別物として進めるべきなのかは、まだ全然答えが出てない問題だ。この2冊は教育について書いているどちらも面白い本だが、まったく別の教育について話している。


生き生きとした学校外の活動

そこと別の組織で「どうやってコンピュータ教育をもっと効率的にしようか?」と試行錯誤するのは価値ある行為だし、ビジネスチャンスでもあるだろう。
既存の学校組織と別の場所で動いている、ToioやIchigoJamのような教育ツールの開発やCoderdojoのような団体は、活動を年々拡大していて生き生きとした成功例ができている。
日本はカネにならなくなった瞬間に人が一瞬でいなくなるような国ではない。こういうボランタリーな活動は世界でも強い方だと思う。
一方でどこまで大規模化できるかはわからない。タイでも既存教科の外側でコンピュータサイエンスを促進しようと、マイコンボードを20万枚配布したが、半分ぐらいは使われてないようだ。

大規模化しないと意味がないわけではなく、僕も小規模な活動は大好きで、社会はどんどんそうした「自分でコントロールできる小さな活動の集まり」になっていくとは思うが、学校教育がそれに適応するために具体的にどうすればいいのかはよくわからない。たとえば香港のスクールでのコンピュータ教育はすごく進んでいるが、それは横並びをあまり気にしない&教職員の給与が高くて裁量が多い社会の仕組みに寄るところも大きい。そういう戦略は、最前線からは手が出しづらいところでもある。

そういった、個々でうまくいってる事例も多いが、既存の仕組みもそれなりにしっかりしているので、大きく変えるのはうまくいかない状態を、様々な具体例で読めたのはすごくためになるのでおすすめ。
実際に手を動かしている人が、身も蓋もなくモノをいうことが、世の中を変えていくと僕は思っています。

そう聞くとリーダーシップ不在の状況を嘆きたくもなるが、最近読んだトランプ政権「恐怖の男」で、気分屋の大統領が毀誉褒貶にリーダーシップを発揮する様子を見たので、日本があながち最悪とも思えず...

プログラミング教育とは関係ないが、冒頭の楠正憲氏のコラム「特別定額給付金-何が問題か、今後どう改善すべきか」は、定額給付金のシステムが他のデータを参照できない制限や一定期間以上データを貯めておけない制限などで、「webで登録しても人間が付き合わせる」ショボい状態にならざるを得なかった原因が具体的に書いてあって面白い。

銀英伝の「両手を縛っておいて戦いに送り出す」エピソードは日本のお役所でも健在のようだ。

特集だけの別刷りが技術書店オンラインに。

特集だけの別刷り(冒頭のマイナンバーシステムのコラムなどはなく、プログラミング教育の特集は全部入っている)も出ている。こっちはkindle版なしだがFujisan.co.jpのサイトで買えて、770円と安い。
https://www.fujisan.co.jp/product/1281702352/new/

さらに、技術書店のサイトで500円のPDFも販売されることになった。おそらくFujisanのものと同じで、値段だけ安いから、さらに手軽に見れるはず。
https://techbookfest.org/product/6546118974373888

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