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読書録:日本と深圳の町工場の違いや、共通するイノベーションの起こし方。現場だから見える解像度の高さが重要『大廃業時代の町工場生き残り戦略』(浜野慶一)

浜野製作所の浜野社長は、イベントでお話しを伺ってとても面白かった。(写真はそのときのもの)
その後JENESIS藤岡社長と僕が主催するJAPANESE HARDWARE STARTUP NIGHT2020でも浜野製作所の方に登壇していただいたり、ご縁がある。
墨田区にはかつて9800の町工場があったが、今は2000程度まで縮小している。日本(特に東京の下町)は人件費他の運営コストも高いし、環境規制他の規制も厳しく夜間操業も許されないし、モノづくりに向かない場所でもある。

その中で、2000年にもらい火事で社屋が全焼し、当時の取引先は4社、従業員2名から再スタートした浜野製作所は、現在の取引先を4500社に増やす急成長を遂げた。しかも、かつての町工場のビジネスを超えて、多くの日本発ベンチャーの駆け込み寺的な存在となり、日本からイノベーションを生む一翼を担っている。

この本はそのストーリーを、社長である浜野慶一が書き記し、ベンチャーの駆け込み寺となったきっかけでもあるリバネスの出版事業がまとめた本である。

日本と深圳の町工場の違い

本書では「町工場の多くは、技術はあるが、大手の5次受け,6次受けが多く、最終製品全体を見ていない」と語られる。
一方で深圳で小さい(社員100名以下ぐらいの)工場をまわると、ほとんどの工場で自社製品が見られる。

1.深圳で作られる製品が、そもそも多重下請けが成り立つようなものではない(ICT製品は、マイコンの進化により、工作精度と別の方法で製品が作れる。精妙な工作が必要なレコードと、雑に作れるシリコンオーディオの違い)
2.垂直分裂と呼ばれる、雑多な工場が互いに業務提携しあうことによって、上流・下流でなくどこの工場にコンタクトしても連携して最終製品が出てくる

という構造による。こうした構造はJENESIS藤岡さんの著書に詳しい。

結果として深圳では、
・作るものがコロコロ変わる(どうせすべてコンピュータであるICT製品では、デジカメでもスピーカーでもCPU+IOなので、これが可能)
・どこの工場でも最終製品ができる
というビジネスになっている。品質は出ないが、それでも何とかなるマーケットは多いし、ICT製品の多くは2年も使われない。深圳でも人件費の高騰はとどまるところを知らず、多くの工場がOEMで引き受けていたモノをそのまま自社で製品化するなどの安直な形で自社でも、とにかくビジネスをはじめている。

一方で本書に出てくる日本の町工場は、固有の技術はあるが最終製品と直接繋がらず、工場が主体になってビジネスを起こすことはできない。

「まるごと作る」ことがビジネスを生む

この本の最初の見所は、「町工場がやってなかったこと、打開のためにやったこと」だと思う。

浜野製作所は自社でメイカースペースGarage Sumidaを立ち上げ、アクセラレータ/インキュベータ/VC的な機能を持つリバネスとの資本提携を行い、様々なベンチャーの相談に乗ることで、最終製品をまるごと作ることに関わる。
たとえば車椅子WHIILのプロトタイプが溶接の精度不足から想定通りに動かないことを看破し、同じマンションにCEOが泊まり込んだオリィ研究所のOrihimeロボットがどうやって人の心を掴むに至るか、寝食を共にする中で模索する。
Garage Sumidaでは工作機械の操作は必ずプロが行う。そうでなければ出せない品質をコアにしながら、完成までの路を一緒に走る。それはHAX等の深圳アクセラレータや、同じように日本のスタートアップを多く助けている深圳JENESISの活動とも重なる。
最終製品はプロの手のみで作るとしても、起業家がアイデアを自分の力で具現化できることは大事だ。起業家自身の手によるプロトタイピングから製品として成り立つもの、そしてその後の量産までの、どこが欠けてもビジネスは成り立たない。

リバネスの役割

リバネスの丸さんとは、メイカーフェア等でよく会っていたし、僕がシンガポールに行った2014年頃からはアジアのいろいろなところで会うようになった。たしか台北のメイカーフェアとかでもひょっこり会ったと思う。
共通の友達も多くて、シンガポールから来た人たちを墨田区の工場ツアーに案内していたことも知っていた。
会社としてのリバネスは医療やバイオの活動が伝わってくることが多くてこうしたメイカーズ系の活動とどこが重なるのかよくわかってなかったし、浜野製作所とのかかわりは全然知らなかった。
多くのビジネスにととってハードウェアは重要だ。たとえば本書で紹介されている、マグナム力風力発電ベンチャーのプロトタイプ開発での協力は興味深い。風の力を電力に変えるときに、機械的によくできたハードウェアは不可欠だし、どの程度の精度が出せるかで効率は全然違う。コンピュータシミュレーションだけでは解決できないだろう。

ビジネスコンテストの審査員から関係が始まった、というのも興味深い。深圳のJENESISも、日本のモノ作りコンテストGUGENやKDDI無限Labに参加することからいくつかコラボが始まったと聞く。こういうケースは「どうやって創発を引き起こすか」という課題についての言い答えになるだろう。
個人的にどんなテクノロジーも重要だと思ってるので、ディープテックというバズワードはあんまり好きじゃないが、言葉よりやってることの方が何倍も重要だ。

現場の力

6章の「若い力が町工場を育てる」で描かれる、インターンシップの話もすばらしい。関満博教授は日本の中小企業だけでなく、中国の郷鎮企業など含めた中小製造業の現地調査フィールドワークの権威だ。僕たちニコ技深圳コミュニティのフィールドワーク活動もたまに関教授になぞらえて紹介されることがある。光栄なことだ。
インターンシップで実際に働いてみるのはさらに一歩先を行けるアプローチだ。僕もJENESISで製造ラインに入ったことがあるし、実際に自分でやってみてわかることはあまりにも多い。

結論がググって出てくるものと同じでも、解像度はまったく違う。その解像度の差は、自分からアウトプットしたときに如実に表れる。本書ではインターンシップ中に現れたエピソードや、インターンシップを可能にする工夫も面白く、こういう試行錯誤ができることも浜野製作所が「イノベーションが起こりやすい環境」をうまく作っていることが伺える。

※この本、なんでKindle版がないんだろう。。内容的に電子版あったほうが絶対いいと思うけど...

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