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AI時代のマーケターに求められる言語化能力 | マーケティングとAIと。 (2)

株式会社Laboro.AIのド文系マーケター、和田です。

文系企画職をはじめとするマーケターにもAI技術への理解が求められる時代に入ってきた、という前回のお話しに続き、今回は「能力」という観点でもう少し具体な内容に触れていきたいと思います。

数あるマーケティング領域の中でも、とくにAI導入の要望が多いカテゴリーが、需要予測やレコメンドシステムの開発です。購買を左右する外的要因を踏まえた上で、消費者が欲しているもの、購入タイミング、量を推測するこれらの分野は、言葉は違えど「消費者の購買行動を予測する」という点で、根底としては同様の答えを求める同類のタスクとして捉えれます。

消費者行動の予測は、すべてのマーケターにとっての永遠の解決すべき課題であり、マーケティング論の学術世界でも古くから研究がなされてきました。1960年代には、消費者が外部からの刺激に反応することに注目した「刺激-反応モデル(S-O-Rモデル)」、1970年代にはそれらをより精緻にした「ハワード=シェスモデル」「EKBモデル」、1980年代には消費者を情報処理システムとして捉える「ベットマンモデル」など、消費者の購買意思決定の過程を体型的に解釈しようと、様々な消費者行動モデルが開発されています。消費者による広告認知・評価プロセスをモデル化したAIDAやAIDMA、AISASなども一般的にも広く普及している消費者行動モデルでしょう。

(消費者行動モデルの変遷については、こちらの論文に詳しく書かれています。こちら↓はその一例)

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しかしながら、いまだ消費者行動を予測できる決定的なモデル、広告評価を実現する完璧なモデルは発見されていません。なぜなら、ごく当たり前のことですが、消費者の心理は、たとえ同じ商品に対してであっても、その時々によって態度や感情が変化し、まわりの意見や風評に流されては都度異なる決定をしてしまう複雑、そして曖昧で不安定なものだからです。消費者行動や消費者心理の探求とは、正解や正攻法というものが見つかりにくい世界、正解が常に流動し変化する世界への挑戦ということに他なりません。

正解がないこのマーケティングという世界において、AIという技術が活用できる範囲は部分的であり、扱いが難しく、あまり相性が良い物ではありません。それは、AI技術の中でも近年その主要技術として用いられる機械学習は、過去に取得されたデータ、つまり過去の正解を学習させ、その傾向を覚えさせた上で、次に起こることを予測させることを基本とするからです。(マーケティングにおいて、前回成功した施策が次も同様に成功することが不確実であることは、全てのマーケターの方が認識されていると思います。)

未だいわゆる「AI万能論」的な誤解も少なくないため明記したいと思いますが、「AIが消費者の好みを、勝手にイイ感じで見つけ出してくれる」というイメージがあるとすれば、それは残念ながらSF映画もしくは品のない企業の誇大広告の影響を大きく受けているものと思われます。

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例えば冒頭のレコメンドシステム(「おすすめ商品」の推薦システム)を考える場合には、ユーザーがクリックする可能性が高い商品を商品リストから自動的にピックアップするためのルールを策定する必要があります。シンプルに言えば、マーケターが「売れる商品のルールを示す」ということです。ですが、このルールは、そのAIシステムを開発するエンジニアが数式化しプログラムに仕込めるよう、量的に把握できる具体的な指標でなければいけません。

では、そのルールとはなにか。仮にアパレル商品のうちバッグの売れるルールを考えた場合、要素としては価格、色、大きさ、素材、流行、クチコミなどが考えられれますが、赤いバッグが人気だとすると、オレンジに近い赤は該当するでしょうか。また、赤と他の色との配分はどこまで許容されるでしょう。大きさは小ぶりが人気ですが、小ぶりとは何cmのことを言い、クチコミの「良い評価」は、何というキーワードがあると「良い評価」と言え、「かわいい」と言う口コミは、購入の可能性を何%と捉えれば良いのでしょうか。そして、色と大きさと素材は、どういう状況で、どれが優先されるのでしょうか。

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こうした複雑な消費者心理をルールとして設定することは至難の業です。仮に設定できたとしても季節によって年によって、流行によって、そのルールは短いスパンで変化していき、その都度ルールを設定する必要もあります。

また、主要なレコメンドの技術として「あなたと同じ商品を買った人は、こちらも買っています」という精緻な推薦をする協調フィルタリングという技術がありますが、社会学の諸説においては、流行には”同調”と”差別化”の2つの心理が入り混じっていると言われ、「友達が持っているもの」は欲しい物である一方、全く同じではなくちょっとした違いを出すような心理・行動が表れると言われています。

このように、消費者心理という正解のない曖昧模糊な事象を扱うマーケティングという領域は、AI・機械学習技術の適用が非常に難しい、成果が見極めにくい分野だと言えます。

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とはいえ、今後ご紹介をしてきたいと思いますが、マーケティング領域でのAI活用の好例も確かに生まれています。AI活用が求められる現代、マーケターに求められる能力の一つは、上のような消費者の微妙な心理・感覚・嗜好を、把握可能な水準にまで落とし込んで言語化できる能力だと考えます。完璧な言語化は不可能だとしても、それらを一つ一つ、丁寧に、エンジニアが数的に変換できるよう文章化できるかどうかが、マーケティング分野でのAI活用におけるマーケターの腕の見せ所になるはずです。言うなれば、「消費者とAI技術の間をつなぐ存在になる」といったところです。

一方、マーケティング領域では、今もなお「ニーズ」という言葉がよく使われますが、私自身、この言葉があまり好きではありません。なぜなら言い得て妙、何も言っていないのと同じようにも感じられるからです。提唱者ではないにせよフィリップ・コトラー氏によれば、ニーズとは「生活上必要なある充足感が奪われている状態」とされますが、そもそも私たち消費者が、この豊かな世界で欠乏感を感じているのか、感じているとすればそれは全て意識的に把握できるものなのか、また商品サービスの売買で解決されるものなのか、「ニーズ」という言葉には概念的な価値はあれど、実務的には実態が伴いません。

「ニーズ」という事象をより精緻に言語化し、データとして把握できるような新たな水準を作り出すことが、AI時代のマーケターの強みとして求められる能力になっていくのではないでしょうか。

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【 筆者Profile 】
和田崇(wada@laboro.ai)
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【 現在 】
AI開発スタートアップ企業 株式会社Laboro.AI マーケティングディレクター。経営学修士(マーケティング論・消費者行動論)。
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【 経歴 】
立教大学大学院 経済学研究科を終了後、KDDI株式会社にてコンシューマ向けのクロスメディアによるプロモーション施策の立案・企画運営に携わる。その後、全国漁業協同組合連合会に入会、水産庁が推進する地域支援プロジェクトの推進メンバーとして従事。2019年にLaboro.AIに参画し、マーケティング/ブランディング責任者として従事。一般社団法人 日本ディープラーニング協会 G検定資格保有。日本マーケティング学会、日本産業経済学会、人工知能学会、情報処理学会、各会員。
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【 メディア執筆 】
●「AIは幻想か - 導入現場のリアル」全4回(ニュースイッチ)
●「文系による文系のための直感的AI怪説」全2回(日経クロストレンド)
●「AIで斬る!打倒!マーケティングDX」 全6回(日経クロストレンド)
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