見出し画像

【※6/5更新】インドのローク・サバー総選挙 (下院総選挙) はモディ首相が率いるインド人民党の与党連合が勝利する見通し→出口調査と大きく異なる結果に

【6月5日追記】今回の総選挙の開票結果が正式に発表されています。

それによれば出口調査にて与党連合のNDAが350議席との当初の報道は大きく覆され、実際は293議席の獲得に留まったことが明らかになりました。

当初は出口調査にて「以前と同じようにNDAが安定してインドをリードする」との思惑からインドの株式市場は好感しましたが、4日(火)に一転、与党の議席数が大幅に減少したのと同時に野党が大躍進したことで冷や水を浴びせられ、インドの代表的な株価指数であるセンセックス指数は-5.74%と大きく売られています。

今回の結果のポイントを以下にまとめます。

・与党であるインド人民党 (BJP) が過半数を抑えられなかったこと
・一方で野党のインド国民会議派 (INC) が議席を2倍にしたこと
・更に野党連合であるインド国家開発包括同盟 (I.N.D.I.A) も一気に存在感を増したこと
・これを受けた与党連合である国民民主同盟 (NDA) の中で野党に寝返る離反も十分に考えられ、インド人民党の支配が崩れること

これらのリスクよりインドの株式市場が今までと異なる政治を嫌気 (今までのようにスピーディに経済発展できるような政策を打ち出しにくくなるため) することから、インドへの株式投資は少々難儀する可能性がありそうです。

6月5日更新・正式なインド総選挙の結果
第一党であるBJPは単独で過半数を維持していたが、今回大きく減らすこととなった
また野党のINCが議席数を倍増し大きく躍進、この結果を受け
インドのセンセックス指数は4日(火)に大きく下落した
(「選挙前」は今選挙直前の議席数を表す)

※以下、6月3日(月)時点での情報を基にした記事となります。
最新の情報は上をご参照ください。

■今回のインド総選挙とインド経済

今年4月19日より行われたインドの総選挙が今月1日(土)に終了し、選挙の対象となる545議席のうち国民が選ぶ543議席の開票が4日(火)に行われます。

インドではその広大な土地ゆえに段階的に7回に分かれ投票が行われ、それらすべてがまとめて開票されるというスタイルを採っていますが、すでに土曜時点の出口調査にて現与党の「インド人民党」(BJP) を筆頭とする与党連合である「国民民主同盟」(NDA) が350議席以上を獲得し、過半数の272議席を大きく上回りました。

これにより2014年から首相を務めてきたナレンドラ・モディ氏の3期目がほぼ確定、インド市場にもポジティブなニュースとなっています。

インド総選挙の流れ
広大なインドでは地域ごとに分け、7回にも渡る投票を行った
以前はそれぞれの出口調査が許可されていたが、選挙期間の初期に行われた出口調査が
その後の結果にも影響を及ぼすとして禁止された
出典: 大和アセットマネジメント
2020年1月時点での、インド下院の党構成
インド人民党は最大与党であり、すでに単独で過半数を占めていた
現在も「単独過半数」は崩れておらず、今回もほぼ同じ構成となりそう
出典: 選挙ドットコム

前回の総選挙は2019年に開催されましたが、当時はBJPが303議席と単独で過半数を獲得、BJPを含んだ与党連合であるNDAという大枠では352議席を獲得するなど野党を寄せ付けない勝利を収めました。
その後2020年のコロナショックを経て一時インド経済も落ち込みましたが、インフラ開発や貧困対策、福祉事業など国民の経済環境を常に改善しようと様々な投資を行い、海外からも投資を呼び込んでいる一面もあります。

とりわけ内需も強く、例えば2023年には鉄鋼産業が前年比2桁の成長率を維持、セメントや電力も継続的に増加しており、共産党による一党独裁が執り行われている中国に代わるサプライチェーンとしての需要もまだまだ伸びる見込みであり、地政学的な変化も味方に付けるモディ首相の人気は国内で非常に根強いものがあります。

インドの株式も非常に強く、同国の代表的な株式指数であるセンセックス指数はモディ首相の2期目に当たる期間 (2019年6月~2024年6月) において90%近くもの上昇を遂げています。
2022年に米ドルがすべての通貨に対して強含んだことを鑑みても (すなわち、インドルピー安を考慮したとしても)、単純差し引きで70%ほどのプラスをたたき出していることも驚異的と言えるでしょう。

インドルピー安 (上段) とインドの株式指数 (下段)
新興国通貨の部類に入るインドルピーは米ドルに対し一貫して安くなっている
ただし同国の指数を見れば、ルピー安を鑑みても
非常に魅力的な投資先であったことは自明だ
インドのGDP (国内総生産) 数値と成長率
既に世界5位のGDPを誇るインドだが、これだけ巨大なGDPを生み出すにも関わらず
ほとんどの年で6%近くの成長率をたたき出すインドの影響力は増すばかり
出典: Forbes

モディ首相は自身の国際社会におけるプレゼンス (重要性) を高める術にも長けています。

例えば2023年9月に行われたG20はインドのニューデリーにて開催されましたが、当時ロシアがウクライナに侵攻した関係でロシアと西側諸国 (米国や欧州など) との溝が深まっていました。

中国も米国との貿易摩擦などの問題でロシアに味方せざるを得ず、国連の常任理事国 (中国、フランス、ロシア、英国、米国) 内で意見がまとまらない事態が多発、他の国際的な会合でも意見が互いに入れ違うこともままありました。

もちろんG20は上記で挙げた国すべてが参加していたため、当時は首脳宣言 (国際的な協調をアピールするために各国が合意した共同宣言) が出されないのではないか?との懸念も走りましたが、モディ首相はある種一方的に採択し発表、これに米国も拍手で歓迎するという一面でどうにかその場を収めたシーンが見られました。

前年の2022年におけるG20では「ロシアのウクライナ侵略を最も強い言葉で遺憾とし」などとロシアを名指しする首脳宣言が採択されましたが、2023年ではロシアを名指しせずに「すべての国は領土の獲得のための威嚇や武力行使を控えなければならない」「核兵器の使用や威嚇は容認できない」に留めるなど、ロシアに配慮しつつも西側諸国にも認められるような会合となりました

翻ってインドはエネルギーの40%ほどを輸入に頼っていますが、昨年末時点で原油輸入量のうちおよそ35%ほどをロシアから仕入れています。
ロシアは西側諸国による制裁で原油が売れず、さらに同国が所属するOPEC+ (石油輸出国機構) で決定された「自主減産」を無視して生産量を維持し続ける関係でなるべく原油を諸外国に売りたがっており、原油価格が落ち着いた後も戦費をねん出したいロシア側の意向とインド側の「安値で原油を輸入したい」という需要がかみ合い、今や原油において輸入ナンバーワンの相手国となっていることも無視できない事実でしょう。

インドにおける原油輸入相手国
(上段: 2021年末時点、下段: 2022年末時点)
ロシアは制裁により原油を売る場所が無くなったが
値崩れした原油を中国やインドが購入している
既に中国やインドにとってロシアが原油の最大供給国になっている
(赤枠はロシアをハイライト)
ロシア産原油のコストがインドにとって一番安い
これはインド経済に非常に好影響であり、ロシアもひっ迫する自国経済を賄うには
インドが丁度良い相手

このような「中国及びロシア」対「西側諸国」の複雑な地政学を上手く乗りこなし、両陣営からますます必要とされる国へ成長したのもモディ首相ならではの魅力であり、今回のインド総選挙においてもモディ首相率いるインド人民党、及びその与党連合である国民民主同盟が勝利することはほぼ既定路線でした。

また今回の結果を受け株式市場は好感同国の代表的な株式指数 (センセックス指数) は3%以上の上昇となり史上最高値を更新「総選挙のある年は上がりやすい」との統計を踏襲する形で無事総選挙イベントを通過したと言えるでしょう。

インドの総選挙年の年間騰落率
均せば30%ほど上昇すると見られる
今年は米国におけるAIブームによりインド株価は多少鈍るかもしれないが
長い目で見れば十分買いと言えそうだ
出典: 三井住友DSアセットマネジメント

成長の観点から、インドは中国と異なりまだまだ人口が増加する可能性が高く、いわゆる「人口ボーナス」(生産年齢人口が増加することで成長率が上がること) を享受できる期間は2050年ごろまで続くと見られています。

これとは別に、インドから世界への輸出品として主力なのは意外にも金属などの「資源加工品」であり、例えば電気・電子製品を含むハイテク製品などは2022年時点でGDPの2%にも満たない規模となっています。
通常、国が新興国から先進国に成熟していく中で付加価値の高い産業へと移行するケースが多い中、インドの産業も長い期間を掛けてハイテク財およびサービスへ偏重していく可能性が高く、同分野での大きな成長はまだまだ見込めると見られます。

もちろんインドにはヒンドゥー教徒の多い土地柄、独自のカーストである「ジャーティ」(職業的な集団を指し、身分の階層である「ヴァルナ」に繋がるインド独自の制度) により全ての労働力が高度な産業に就くことは難しい状態が続いており、今後カーストの壁を完全に取り払うことで労働力を大きく開放できるかがインドの成長を左右することにも注意が必要であると思われます。

しかしこれらを鑑みても、世界の工場として名を馳せる中国の人口ボーナス終了と共産党の統制強化、それに伴う台湾有事 (中国本土の共産党が敵対する国民党のいる台湾へと攻め入ること) のリスクがある以上、中国をもなすインドの「伸びしろ」は非常に魅力的でしょう。


■反対勢力である野党連合も存在するが…

今回の選挙で有力であったインド人民党に対抗する野党として「インド国民会議派」(INC) 及びその連合であるインド国家開発包括同盟 (I.N.D.I.A) が存在しますが、すでに出口調査にて敗北が確定している関係でこれから大きく躍進、台頭する可能性は当面低いと見られます。

そもそも与党連合はヒンドゥー教徒を優先し少数派を排除する政策を行っており、これに対抗するために組織されたものの多岐に渡るイデオロギーをそれぞれが持つ党同士を束ねるのに一苦労しており、例えばインド国内の州選挙において与党側に寝返るケースも出ていました。

ところでモディ首相はインド国内でもやや強権的な政治を執り行う印象があります。

例えばインド国内では2018年より、インドの銀行が発行する「選挙債」と呼ばれる債券を購入することで政党へリミット無しで献金できる制度が施行されました。
今年2月に「汚職へつながる」との最高裁による判決により発行が停止されましたが、それまで献金されたうち約半分が最大与党であるインド人民党へ向かっており、今選挙でもこの資金力で圧倒していることからも政権が移り替わりにくい構造を築いていることが分かります。

またこれらを監視する選挙管理委員会の人事や権限に関連する法律が昨年改正され、与党により有利な仕組みが作られていることも事実です。
これ以外にも政府による報道ガイドラインが設けられ、政府に関するネガティブな情報への言論統制が敷かれるなど独裁的な色が散見されます。

そのような中「強いリーダー又は軍事政権が指導者であることが良い」と答える国民の割合がインド国内でなんと85%もいることが米国企業のリサーチで明らかになっています。
図だけを見れば「実績を出す強い指導者は歓迎されやすい」と解釈することが出来ますが、以下図では経済的に成熟した先進国においてそのような数値が低下する傾向も見られ、インド国内が先進国へ向かうに連れてこのようなやり方が通用しなくなることも十分予測できると思われます。

独裁的な政治に対する国民の支持
「強いリーダーが国を統治するのが良い」と答える割合は
中所得国 (インドやインドネシア、南アフリカなど) において顕著に高い
出典: Pew Research Center

ここから未来永劫、インドが投資先として安泰と断言できないことが分かりますが、先進国になるまで数十年単位の時間がかかることも事実であり「現時点では総選挙を無事通過し、元の高成長なインドとして引き続き良い投資先になり得る」と考えるのが自然でしょう。


※当記事はファンダメンタルズにおいて事実の正確さを満たすために尽力していますが、万一事実と異なる点等ございましたらお気軽にご教示ください。
また本稿では分かりやすさを優先するため、金融用語を厳密に使い分けないこともございます。

よろしければサポートしていただけると嬉しいです!あなたのちょっとしたお気持ちが私の励みとなります!