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自作解説①音楽的側面。1stアルバム『black palette』

Musicianとしての私。

Recording、2004年2月3月。
ポール・ウェラー率いるThe Jamのような音像を目指した7曲。
私の1stアルバム『black palette』。

Youtubeの再生リストを利用し再現しました。


7曲入りのこの作品、
1曲ずつ、
音楽的側面からの解説をしていきたいと思います。




◆ 1曲目
タイトル『僕』

2001年頃に作った曲。
私の初めての作詞作曲は、この曲のひとつ前に作った曲でした。
すなわち、この『僕』という曲は、私の2作目にあたります。
当時、私は20歳。

この曲を作る上で、
私がインスパイアされていたアーティストは、
・The Jam
・The Beatles
・John Frusciante(Red Hot Chili Peppers のギタリスト)


順序としては、

「さて、曲をつくろう。誰を参考にしようか?」「どんな曲をつくろうか?」という気持ちが先にあり、「よし、この人達を参考にしよう」という結果になった…

というわけではなく、
「曲をつくろう」という気持ちがまだ無い時点で、

「The Jam、かっこええ!
ギター、歪ませるんじゃなくクリーントーンで荒々しく初期衝動を表現するやり方、激しく共感じゃわ。
ベース、リズム楽器としてだけじゃなく、メロディー楽器として、ゴリゴリの音でグイグイ前に出てこようとする感じ、たまらん」

「ビートルズ、やっぱかっこええのぉ。
最近の歌謡曲とかポップスのように、すき間を音で全部埋めてしまうんじゃなく、すき間を楽しんどるというか、常に肩の力が抜けた感があるというか、
音の多さで圧倒するんじゃなく、少ない音で、表情を豊かに表現したり、曲の盛り上がり・強弱を表現する、
ギターの音ひとつとっても、感情がダイレクトに表れている感じ、
いいなぁ」

「ジョン・フルシアンテのギター、たまらんよな…、
心の底の底からの叫びというか、
自分というものを、エレクトリックを使うことで大きく見せる、というわけではなく、自分の弱さとか繊細な部分を、あくまでそのまま、ありのままに音にして、それをエレクトリックを使って、大きな音にしている、というか、ホント、共感するわ。
クリーントーンの音が、ホントかっこいい。ピッキングした瞬間の、アタック音が、たまらん…。アタックした瞬間に音がグンッと出るんじゃなく、アタックした瞬間は、凄くチープというか、そこに人間らしさ・生きている感じが凄くよく表れている。
ギターを使い、普段の自分とは違う自分になるのではなく、むしろ、自分の心の中心を、鮮明に映し出す。これこそアーティストだよな…」

といった気持ちが私の中に既にあり、
そして、
「この人達かっこええなぁ、俺もそう成りたいし、そう在りたい…」
という切実な思いがさらに在ったのです。
そうなってくると、
その衝動は、もはや止められるものではなく、それどころか成長していくばかりで、
いつの間にか私の中には、
『自分ならこうする』という音像が、気付けば生まれていたのです。

すなわち、
まっさらな背景の上で「曲をつくろうと思い、つくった」のではなく、
「自分の中に湧いた衝動、それをただ具現化しただけ」という表現がピッタリだし、
もっというと、
『この人達かっこいい』というどうしようもなく強い衝動があり、そして自分の中に勝手にイメージが湧き、それが自分の中で、より細部までリアルになっていき、もはや吐き出すしかない、自分の中のイメージが、早く世に出してくれ、カタチにしてくれ、と私にせっついてくる。私は、現実的に具現化するしかなかった…

という感じなのです。

私には、
「曲をつくれるようになりたい」という段階はなく、
自分の中で勝手に募っていった衝動に、素直に従ったら、曲ができていた、
という流れだったわけです。
自分の中の衝動を無視することはできず、『具現化せざるを得なかった』のです。
故に、
この曲は、
生まれるべくして生まれた曲なのです。
(この曲に限らず私の曲は全てですが。そんな中でも、特に私の2作目となったこの曲は!)



音楽的側面からの自作解説をサクッとしようと思っていたのですが、
何だか大事なことな気がして上記👆の話をしてしまいました。
うむ、
情報過多な最近の世の中、
「やりたいことをやろう!」という気風があり、
それが「やりたいことをやらなきゃ!」という圧力に変わり、
自分の感情・感覚・衝動より先に、
何もないところに、
頭で考え始め、無理やり答えを出す、
という順序が発生する。
もはや、それもまた、人間らしさと言えるのかもしれませんが、
私は思うのです、
『衝動とは、深く伸びた根っこである』と。
心の底に根差した衝動は、
継続へのエネルギーであり、
達成まで諦めるわけにはいかない強い意志であり、
自分を研ぎ澄ませていく・成長させていくヒントだと、
私は思います。

そんなに強い衝動を、私は何故抱くことができたのか?

それは、飢えていたからです。
…。
と、まぁ、そこら辺の話の続きは、また別の機会に…。



さて、
ジャム、ビートルズ、ジョン・フルシアンテからの影響をミックスして具現化した『僕』という曲、

初期衝動を、そのまま表現したかった。
ビートルズ meets パンク、というようなイメージが近いかな。
そしてそれは、ジャムの音像に限りなく近くなっていく。
クリーントーンのギターで、
細いんだけど、尖っている、瞬発力のあるピッキング、きれいな音というより「かき鳴らした音」、そんな音像を表現したかった。
ピックを持った右手、1音1音、魂を込めて、振り抜く。
そうだな、ここが1番重要かも。
『1音1音、魂を込めて、振り抜く』
それが、音から伝わるような仕上がりにしたかった。
ここは、ホントにこだわった。
18年経った今でも、
「いい音しとるなぁ」と自画自賛である。
そして、
ベース。
8分音符で、すき間なく音を鳴らすことを、避けた。
それにより、
ポップさを、かわいらしさを、前面に出したかった。
ギターがソリッドで真面目な分、
ベースは、心に余裕のあるお茶目な雰囲気にしたかった。
しかし輪郭は、ジャムのベースのようにゴリゴリにしたかった。
ちなみに、
使用したベースは、
73年生まれのリッケンバッカー、4001、ファイアーグロウである。
ドラムは、
リズムマシーンを使っている。
まぁ、シンプルに。
使用したリズムマシーンは、BOSSのDR-5という、私が高校1年生の冬に買った1品。当時、ベースの師匠のススメで購入したこのアイテムは、最高の1品で、何と私は今でも愛用している!(このリズムマシーンへの思いは、また別の機会に書こうと思っている)
歌に関しては、
まぁ、
ただただ、歌っただけだ。
自分のイメージに従って、歌い切っただけだ。
ちなみに、上のハモリは、変な声だけど、私が歌っている。
音程が高くて出ないため、キーを下げたバージョンをギターで弾き、それに合わせて歌い、レコーダーに搭載されている「ピッチシフター?」という機能で、高い音に変換している。おそらく、神聖かまってちゃんがやっている手法と同じだが、私は、2004年の時点でこれをやっていた。フッフッフッ。





◆ 2曲目
タイトル『俺』

◆ 3曲目
タイトル『俺と僕』

2曲目と3曲目は、一緒に解説します。

私が1曲目の『僕』をつくったとき、
「これは単体としてではなく、3部作として完成させたいな」
という思いが生まれ、
その思いをもとに私は、
『俺』と『俺と僕』をつくりました。

ビートルズ meets パンク のスタイルで、3曲欲しいな。
ビートルズには、真似をしたいところが沢山ある。
だから、イメージがいくつも湧いてくる。
3曲それぞれに、少しずつ違う性格を持たせ、3部作にしよう。





◆ 4曲目
タイトル『細い左手の指』

1、2、3曲目、そして、5、6、7曲目の6曲には、
「このバンドのこういう部分、真似したいな」という思いがあり、それが下地になっているのですが、
唯一この『細い左手の指』だけは、
そういったイメージがなく、
私の中の、
美的センス、美的バランスをもとに、
創造していきました。

とはいっても、
ジョン・フルシアンテからの影響は色濃く出ています…。

クリーントーンのギターで、単音を重視。
和音にしても、
基本的に3音で奏で、
ときに、アクセントで、それに1音加える。
そして、曲のエンディングでは、盛り上がりを表現するために、
6弦全てをかき鳴らす。

2000年前後の私は、ジョン・フルシアンテの虜でしたので、
曲作りのエネルギーの源のかなりの部分が、
そこら辺から湧いています…。

サビが1回しかないのも、私は気に入っています。
ここら辺のバランス感覚は、
Death Cab For Cutieの音楽にも通ずるものがあります。
1つの曲を、1度きりの流れ、と捉える、
そんなパターン。
しかし、この曲をつくった段階で私はまだDeath Cab For Cutieには出会っていない。フッフッフッ。





◆ 5曲目
タイトル『あの娘の声と水色の空』

この曲は、
BAD RELIGIONにインスパイアされ、つくりました。

私は、BAD RELIGIONが大好きなのですが、
その思いについては、また別の機会に。

BAD RELIGIONのアルバム「RECIPE FOR HATE」、
5曲目の「man with a mission」の歌、ゆったりとしたコーラスワーク、
7曲目の「struck a nerve」、後半、高い音程のハモリ、叫び、
全体的に、ダークな雰囲気、
そこら辺を、
私の感性で、構築してみたかった。

音像は、クリーントーンのギターにこだわったまま。





◆ 6曲目
タイトル『セミの声』

この曲は、
NIRVANAみたいな曲をつくりたい、という思いからつくりました。
もちろん、
このアルバムの一貫性である、クリーントーンのギターのまま。

NIRVANAのアルバム「NEVER MIND」に入っている、
「Territorial Pissings」という曲の、
曲の流れ、
イントロ→Aメロ→サビ→Aメロ→サビ→間奏→静かなAメロ→サビ→エンド、
を、
そのまま使いました。
それぞれのパートの長さも、そのまま真似しました。
シンプルに、
そのまま使わせていただきました。





◆ 7曲目
タイトル『春の匂い』

この曲だけは、
音像的に、異色となりました。

「Punk is attitude, not style.」
ジョー・ストラマーの言う通りだと私も思うわけです。

私は、
このアルバムをつくっている最中にも進化していました。
「The Jamのような音像を目指す」とはいうものの、
つくっていく中で、
「もっと俺は進化できる」と、当初の目的を越え、
新たな音像を目指しました。

ちょうど私は、Belle & Sebastian の楽曲に心奪われている頃でした。

ギターを、全体の音像の中の、ほんの1要素として捉える。
そして、ギター・ベース・ドラム以外の音を加え、大きな世界を創造する。
特に、
Belle & Sebastianのようなトランペットとストリングスを、表現したかった。
しかし私にはそれらは演奏できないので、そこは、キーボードで何とか具現化。
結果的に、
ストリングスは、正直物足りない仕上がり。キーボードに搭載された音素の限界である。これは仕方ない。
でも、トランペットに関しては、
私は、大大大満足している。
Belle & Sebastianのように、曲の中で、ゆったりとした存在感で裏のメロディーを奏でる、そんなトランペット、それが、見事に表現できた!

もう1点、
Belle & Sebastianの楽曲には、
「静かに始まり、徐々に壮大になっていく」
という美しさがある。
それも、私は、私なりに創造してみたかった。

ちなみに、
👇Belle & Sebastianとの出会いを書いた記事です。





以上、
2004年、
ミヤボ、1stアルバム『black palette』、
音楽的視点からの、
自作解説でした。

ちなみに、
👇The Jamへの思いの記事をリンクしておきます。





P.S.
「ですます調」で統一するつもりでしたが、
気持ちが入ってくると、つい「である調」になってしまう…。
『衝動』というのも今回キーワードでありましたし、
少々読みづらいかもしれませんが、
そのままにしております。



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