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002:手放せなかった「重いソフトウェア」|クレイジーで行こう!第2章

初期の成功につきまとう「大きな課題」

大切な初期メンバーが次々と離れていった昨年、僕たちを苦しめていたのは、事業の拡大による人間関係の希薄さだけではない。人工知能ソフトウェアを扱う事業ならではの「大きな課題」が、ずっとつきまとっていた。

僕たちが販売しているのは、機械学習を用いて水道配管の劣化を予測するソフトウェアだ。それぞれの顧客ごとに分析する内容は異なり、扱うデータも変わる。

アプリのような一般のソフトウェアと違うのは「一度作ったあとは、売れば売るほど儲かる」という仕組みではないこと。顧客に合わせて毎回データをクリーニングしてアルゴリズムに乗せるチューニングが必要で、その都度時間も手間もかかる。

新たな顧客と契約するたび、コンピューターの後ろでは人間の泥臭い作業が伴う。そのような「重いソフトウェア」では、なかなか利益率が上がっていかないのだ。

ダグはクラシックな陸上戦のプロだった

フラクタは2018年のはじめまで、僕と共同創業者のラースさんが手探りでセールスをしていた。そんな時に出会ったダグは、圧倒的なセールス力と、SaaSビジネスや水道産業における豊富な経験を持っていた。彼を説得してフラクタに迎え入れたことで、僕たちは契約数を大きく伸ばしてきた。

ダグの営業スタイルは陸上戦だった。アタッシュケースひとつでクライアントのもとへ何度も出向き、熱く説得して契約に結び付ける。そのエネルギーやパワーは偉大だが、今のフラクタにとってはコスト効率が悪かったとも言える。

僕たちが戦場としているアメリカには、5万3000社の水道会社がある。それらの会社をひとつずつ回っていては、なかなか数字が伸びないのだ。昨年末までで60社との契約にこぎつけたものの、アメリカ全体から見ればたったの0.1パーセントでしかない。

ダグは自分の経験のもと、優秀な営業部隊を育ててきた。だがそれもクラシックな手法だった。僕も既存のやり方を推し進める方向でプッシュしていたし、ダグは約5万社という数字を目の前にして途方に暮れていた。どうすれば5万社に届くのか……。ダグ自身も悩んでいたが、僕たちのうち誰も、解を見つけることはできなかった。

ソフトウェアを「もっと軽く」

課題は、営業だけではない。前提として、売りやすい製品にすることが必要だった。

フラクタの事業がロボットからソフトウェアへ移ったのは、エンジニアたちが、寝る間も惜しんで初期の人工知能アルゴリズムを作ってくれたからだ。創業当初はロボットで水道管の中を点検する事業だったはずが、機械学習を用いて故障を予測する事業に舵を切った。当時、僕はその方針が正しいことを信じて疑わなかった。

ところが、こうして舵を切ってはみたものの、毎回お客さんごとにカスタマイズを繰り返すソフトウェアの「重さ」が、僕たちの肩にずっしりとのしかかる。

ダグはもっと契約数を伸ばしたい。そのために、軽くて精度の高い製品を求めていた。エンジニアたちはアルゴリズムの改善に精を出していたが、水道会社の中には、僕たちが提示する人工知能の精度に満足しない会社も出てきた。水道会社や競争企業の存在に囲まれ、エンジニアたちはやがて、「突き抜けたアルゴリズム」を作ることよりも、「負けないためのアルゴリズム」を作るようになっていった。

そうこうしているうちに、昨年末、ダグは、フラクタの2倍の給料を出すという条件で競合会社に引き抜かれた。ただ、お金だけが理由でないことはよくわかっている。答えの見えないこの状況で、これ以上突き進むのが苦しかったに違いない。

自分の会社のプロダクトを追い落とすような新製品を

僕はNVIDIAのCEOであるジェンスン・フアンを経営者としてとても尊敬している。NVIDIAは、革新的なイノベーションを何度も起こしてきた企業だ。彼は、「自社の既存プロダクトを追い落とすような新製品を作らなければ、やがて自分たちが競争相手に敗れてしまう」という考えを持っている。その言葉は、僕も本当に正しいと思う。頭ではわかっていたつもりだった。

僕やラースさん、フラクタのメンバーにとって、扱っていた「重いソフトウェア」は、自分たちが作り、育ててきたものだ。どこかに問題があると分かりつつ、一方で既に僕たちを信頼してくれるお客さん、また競争相手の企業などを目にすると、「負けないこと」が目的化し、本質的な問題に取り組むことができない。その理由はまぎれもなく「自分たちで作り、育ててきた」からだろう。情熱を注いできた製品を、自ら否定することはとても難しい。

ダグも同じだ。彼も、自身の営業スタイルを踏襲するチームを作り上げてきた。デジタルマーケティングなどといった空中戦に挑むことは、陸上戦を得意とするこれまでのやり方を丸ごと否定することになる。

僕はこの時の状況を、ルービックキューブのようだと思う。1つの面の色をそろえようと、9個のうち8個までそろった。ところが、最後の1個がなかなかそろわない。ここで、今までのキューブを崩さずに完成すると思うのが間違いなのだ。8個そろっていた色を、4個か5個まで崩さないと、9個のキューブをそろえることはできない。

今思えば、当時から薄々気づいていたとは思う。ただ僕は、CEOとして決断できるほど強くなかった。その年の初め、『日経ビジネス』の「世界を動かす日本人50」や、『Newsweek日本版』の「世界で尊敬される日本人100」に選ばれたことで、功名心が頭をもたげてきたのだろうか。「8個まで色のそろったキューブを減らすことはできない」と、自分で自分をがんじがらめにしていた。

大株主である栗田工業に提示している事業計画では、右肩上がりのグラフを引いている。目標契約数に及ばなくても、ベンチャーならばそんなことはよくあることだ。そんな言い訳も頭に浮かんでいた。

重いソフトウェアに固執し、プライドを守ろうとしていた自分。ところが、守りに入ったままでは目標値に遠く及ばない。今こそ攻めの姿勢で、指数関数的な成長を目指すべきなのではないか。そのことに気づけたのは、ラースさんやダグ、去っていった創業期のメンバーたちのおかげだ。僕は、彼らから愛のある拳でぶん殴られたんだと思っている。

これからのフラクタを生まれ変わらせる中心人物は、最初の製品を育ててきた僕ではない。年明けにジョインしてくれた、マイク・リアンだろう。

彼らがジョインしてから、たった1カ月半でメンバーが半数近くも入れ替わった。昨年は多くのスタッフを雇用したが、正直「間違って採用した」と思う人たちもいた。それは、僕がおびき寄せてしまったのかもしれない。四苦八苦しながらも彼らを勇気づけ、一緒にいい雰囲気にしたかったが、うまくいかなった。そんな中で、新しく入ったマイク・リアンが中心となり、フラクタの血を入れ替えたのだ。

次回は、マイク・リアンとの偶然のような出会いから、大きな改革の予感までをお伝えしていく。その後にどんな結果が待っているのか、まだ誰にもわからない。

(記事終わり)

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連続起業家。1社目を米国Googleに売却。2社目のフラクタを栗田工業に売却(現在も同社CEO)。カリフォルニア州メンローパーク在住。Newsweek誌『世界が尊敬する日本人100』に選出。渋谷のカフェオーナー@menloparkcoffee

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