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雑感 同じと違うの間

リンク先記事への雑感、連想として。
 
同質の囲い込みと、対立項への攻撃。しばしば、それは人が単独の存在としての自分の脆弱さを自覚しているからこその、本能的な反応と思う。
 
たとえば、自分の矮小さに押しつぶされないために、自分を強大な権力者、あるいは大きな国家と一体視することで不安から解放されようとする人がいる。自分の存在理由の保証をそれらに託しているため、当該の権力者や国家の権威が揺るがされては堪らない。それらへの批判には過剰に攻撃的に反応する。
 
そういった巨大なアバターを頼ってその中へ没入し、矮小な自分を打ち消せたことにしようとする態度は危険だ。「同質性の確保がすなわち安全性の確保」だという安易な本能的錯誤に留まるのは、危険だ。
 
本当は、そういう安易な本能的危機回避行動こそが、「人類にとって人類が脅威である」という真の脅威の根源なのだから。
 
規模を問わず、自分が属する同質的なコミュニティを切り出して自分のアイデンティティを託し、それ以外に対立的であろうとする集団とそれを構成する個人の心理には、人類の積年の課題が表現されている。
 
たとえば、「〇〇人を敵視する日本人」と「日本人を敵視する〇〇人」は、双方の態度が共に「人類の安全を脅かしている」。その認識が、より当たり前のものとして普及する必要がある。


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