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脳みそ、怒る


ピンポーン!

あさイチで急ぎの仕事を片付け、ようやく遅めの朝ごはんを食べ。
デザートに生クリームどら焼きを食べようとソファに沈み込んだ私の耳に、やけに澄ましたインターフォンの音が聞こえた。

間もなく11時、誰だこんな中途半端な時間に。

「はい…どちらさまで?」

ドアを開けると、やけに真面目そうなおじさん?若者?微妙な年代の男性が、折り目のついたスーツ姿で立っておられる。
…見た事ない人だ、セールスか?断固拒否するぞ…。
少々身構えて返事を待つ。

「わたくし、脳みそと申します。」

げえ!!
また変なやつキタ――(゚∀゚;)――!

思わず顎を引いた私の横をすり抜けて、脳みその人が玄関の中に入ってキタ――(゚∀゚;)――!

「常日頃からご愛顧ありがとうございます、失礼ながら…思うところがありまして、訪問させて頂いた次第でございます。」

「ええとー!!スミマセン先に謝っておきますごめんなさい、許してください…。」

怒れる凸民には謝り倒すのが基本だ。
下手に口答えやいいわけをして拗らせてしまったらエライ事になる。

つい先日もおかしな訪問者が何人かやってきて、てんやわんやののちに落ち着いて―!!!

「謝られても困惑してしまいます。言葉と行動が一致しなければ、わたくしの訪問した意義はないのです。」
「そりゃごもっとも…ええと、では具体的にどのようなご用件で。」

丁寧な言い回しが非常に恐ろしい。
冷静な怒れる方というのは、どうしてこうも威圧感がハンパないのか。

「まず…わたくしをダシにして、甘いモノを召し上がるのは、おやめいただきたいというお願いにつきまして。…膵臓からのクレームがきつくて、参っています。わたくしは甘いモノなど…欲しておりません。」

そうだね、ものを考えると頭が疲れるからって、チョコレートガツガツ食べました!
そうだね、難しいこと考えたから脳みそが疲弊したって、ホールケーキもしゃもしゃ食べました!
そうだね、おもしろいネタ浮かばないかなって、飴ガリガリかじりながら毎日パソコンに向かってますね!

「わたくし、普段…相当、働いて、おります。一生懸命、務めさせていただいて、おります。それなのに、このような仕打ちをされますと…非常に、不愉快なのです。」
「ああ、うん…、ごめんなさい、もういいわけに脳みそ使いません。今後は自らの欲を散らすために甘いモノを口にしているのだとキッチリ明言します、許してください。」

どこか思いつめたような面持ちの脳みそ青年の目をじっと見つめたのち、渾身の謝罪心を込めて頭を下げる。

脳みそ青年が、ほぅとため息を一つついて、玄関先に、座り込む。
…ちょっと待て、まだ苦情は続くのか。

「甘いモノの件は、仕方ないと思う部分も…あるのです。人は皆、何かに頼りたいと…願ってしまう、ものですから。」

玄関先で座り込む、私の脳みそが見つめるのは…いったい何なのか。斜め45度上を見て、ぼんやり蜘蛛の巣の引っかかっている壁を見つめるその姿は…非常に、こう…悲壮感が漂っている。
ええと、何、私…他にも何かやらかしてるとか?
……あかん!!心当たりがありすぎて!!!

「わたくしも…些か、疲れてしまって。…思わず、あなたにお願いしたくなってしまって。…甘いモノの件を強引に前面に出して…勢い任せに、乗り込んでしまいました。」

そうだね、私ってやつは…いつも暴走しながら適当なことばっか考えてるからね、そりゃあかなり働いてるよね、気の休まる時がないよね。寝てる時でさえめっちゃ能天気な夢見てるもんなあ、脳みその疲労は相当に違いない。…そりゃあ怒鳴り込みたくもなろうて。

「…おかしな妄想を受け止め、散らばる記憶を集め、破天荒な展開をくり広げ、忘れかけた知識を発掘し、強引に文字を繋げるために試行錯誤を繰り返させていただいているのです、わたくしは。」
「ええ、お世話になってます、おかげでずいぶん助かってます、感謝の念しかございません。」

ホントにね、私の脳みそなんかに生まれ付いちゃったもんだからさあ、大変だよねえ、もっとできの良い人の脳みそに生まれてたらもっとすっきりして楽しい充実した毎日が過ごせたと思うよ、でもね、私の脳みそになっちゃったんだからさ、その辺はね、受け入れて頂かないとね?

「…非常にやりがいのある日々を送らせていただいているとは、思っているのです。・・・ですが。」
「・・・ですが?」

ごくり・・・。果たして私は今から…何を言われてしまうのか。

「わたくしは、純粋に…言葉を、単語を、物語を、享受したいと願っているのです。」

こぶしを握り締め、自身の膝をじっと見つめる、脳みその人。

「わたくし……過剰反応する事に、疲れてしまいました。」
「・・・はい?」

こ、懇願するような眼を…真っ直ぐ向ける!!
の、脳みその人―!!!

「わたくしは・・・素直に、言葉を、言葉として…受け止めたいのです!!」

目、目を真ん丸にして!!
わあ!!
な、涙浮かんでる!!
若い男子の涙、涙―!!!

「ええとー?!受け止めたら、いいんじゃ、ないかなー?!」

「何をおっしゃいますか!!!ある一定のアイテムを、単語を、思い浮かべるだけで…信じられないような猛スピードで激しく目まぐるしくおかしな物語を生み出す癖に!!なぜ、言葉の端々に、おかしな関連付けをして…頭の中をおかしな妄想でいっぱいにしてしまうのですかっ!!!なぜ、どうして通常では浮かばないような場面が頭の中で展開されるのですかっ?!言葉を、名詞を、文章を!!なぜ素直に受け取ることが、出来ないのですかっ!?言葉の裏をかき、言葉の裏に隠された真の姿を探らねばならないわたくしの身にもなってください!!!ごく普通の単語に対していかがわしい感情を増殖せねばならない苦労、わかりませんかっ?!…非常に高等な技術が求められているという事を、その作業に当たっているという事をご理解いただかねばやってられません!!!神、魂、命、夢、人生、営み、洞窟、湧水、飴玉、米、杭、壷、指先、く「わあ!!スミマセンほんとごめんなさい勘弁してくださいー!もうおかしな妄想はしませんから―!!!」」

ぼろぼろと涙をこぼしながら力説する脳みそ青年にハンカチを突き付け!!!涙を拭く体でへの字に曲がったその口を塞ぐ!!!

自分の脳みそだからごまかしがきかない!!
しかしおぞましい妄想の数々を白日の下に晒してはいろんな面で非常に不都合がー!!!

「ええとね!!ごめん、うん、正統派純文学呼んで頭冷やすんで!!!許して、ね?!」
「うう・・・!正統派絵本もお願いしますぅ…。」

言いたいことを言って満足したからか、脳みそ青年はでろでろっと消えてしまった。

…そうだなあ。
最近ちょっとあらぬ方向に向かっていたかもなあ…。

確かに前は面白さを追及していたはずなのに、このところ裏の裏のそのまた裏をかくような物語を書くことに必死になっていたような気もする。初心に戻って素直な文章を書かねば…脳みそに申し訳ない。

というか……またいきなり凸してきてあらぬことを玄関先で喚かれてはたまったものじゃない!!

私は午後からは久々に本棚の絵本たちを愛でよう、読み終わったら図書館に行って純文学作品を借りてこようと決め、自分の部屋に、向かおうと。

「失礼いたしますよ!!!私は眼球ですけどね!!!ちょいと堪忍袋の緒が切れましたんでね!!お時間いいですかな!!!」

インターフォンも鳴らさず、いきなりドアが開いて、強面のおっさんが入ってキタ――(゚∀゚;)――!

「あんたね!!なぜ芸術作品を全体で見ずに一部分ばかり注視するのかね!!どうして説明文を読まずにつったかつったか歩いて行ってしまうのかね!!そんなに学芸員のお姉さんのふくらはぎが気になるのかね!!目に焼き付けるものが違うんじゃないかね!!私は作品の表面に張り付く虫を見るために眼球に生まれたんじゃないんだよ!!私は作品に書かれた裸婦のお「わあ!!!スミマセンほんとごめんなさい、もう見たい部分だけに注目しませんから、ちゃんと真面目に鑑賞して勉強しますから―!!!」」

あかーん!!
もうさ、性根叩き直したくらいじゃ、私は微塵もかわれない気がする…!!!

もういっそどっかの山にでも籠って修行しようかしらん…。

私は図書館帰りに、写経セットを買うことを誓ったので、あった…。

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