恋愛小説家は許さない
小さい頃から、物語を書くのが好きだった。
きっかけは、小学二年生の時の、街の広報誌の投稿欄。
お便り募集コーナーに、初めて書いた自分のお話を投稿したところ、掲載されたのだ。
「すごいねえ!」
「ちゃんと物語になってる!」
「もっと投稿したらいいよ!」
何をしてもパッとしない、趣味のない子供だった、私。
お父さんやお母さん、おじいちゃんにおばあちゃん…家族に褒められて、調子に乗ってしまったのだ。
調子に乗って、たくさん、たくさん物語を投稿した。
何度も、何度も、広報誌に私の物語が、掲載された。
小学校三年生の時の事だ。
全校集会の時に、夏休みの作品募集で優秀な成績を収めた児童が、校長先生に呼び出された。
『それでは、子供童話コンテストで最優秀賞をもらった、○○さんの作品を朗読します。』
……校長先生が、よみあげた、物語は。
私が、広報誌に投稿した、物語と……そっくりだった。
登場人物が、微妙に違う。
お母さんと娘の物語が、おばあちゃんと自分の物語になっている。
送られたプレゼントが、ブローチからペンダントに変わっている。
なんとなく、言葉は違うけれど、明らかに話の流れが同じ。
「え……なに、これ……。」
あまりの事に、ショックを隠し切れなかった。
私の投稿が載るのを、欠かさずチェックしてくれていた担任の先生が、飛んできた。
「楠さん、大丈夫よ…先生、ちょっと調べてみるからね?」
家族の、励まし。
先生の、説明。
広報誌の担当の人の、訪問。
市役所の人の訪問に、出版社の人の訪問。
色々あったけれど、私のショックは……相当なものだった。
一番ショックだったのは、ラストの部分が書き替えられていた事だった。
物語の総まとめ、主人公が悲しみをこらえて大笑いして終わらなければならないシーン。そこが、涙を流して終わっていたのが、許せなかった。
一行目から、八九行目までの物語が、薄っぺらい涙で締めくくられるのが、どうしても許せなかった。
私の物語が、他人の解釈でぺらっぺらの物語になり果てて、それが賞を取った事実が許せなかった。
私は、物語を投稿することができなくなってしまった。
私の物語を発表したい、読んでもらいたい気持ちはあった。
けれど、私の物語を読んだ誰かによって、私の生み出した物語が書き換えられてしまう可能性があることを知ってしまった。
自分の物語が、自分の意図としない物語に変わって、世界に公開される可能性があることを知ってしまった。
明らかに改悪された作品が、応募総数2,000の頂点に立つ可能性があるのだと知ってしまった。
私は、自分の物語をどこにも発表することなく、ただただ文字を繋ぎ続けるようになった。
私は、物語を自分のもとから一切外に出さないまま、ノートの数を増やし続けた。
文字を書くのも、読むのも大好きだったけれど、部活やサークルに入ることができなくなってしまった。
いつ、また、自分の物語が穢されてしまうか、わからない。
もしかしたら、自分の大好きな作品が穢されている場面に出会ってしまうかもしれない。
物語を愛する私は、物語を蔑ろにする愚行を許すことはできない。
物語を愛する私は、物語を蔑ろにする愚行を目の当たりにしたくない。
そんな場面に出会ってしまうくらいならば、私は自分の物語を抱きしめて、一人で文字を綴り続けると決めた。
「公募に出してみるのは、どう?」
大学受験も終わり、のんびりと文字を繋げていた私に、母が声をかけた。
母は、私の物語の、唯一の、読者だった。
いろんな物語を書いては、母に見てもらって…母の涙を誘って、いた。
「……でも、私は。」
「公募ならパクられることはないし、何より、お母さんはね、あなたのこの物語を、お母さん以外の人にどうしても読んでもらいたい。あなたの物語は、…人を変える力がある。」
あまり乗り気ではなかったのだが、母が…私のノートを見ながら、夜な夜な文書ソフトで文字を打ち込むのを見て、絆されてしまったのだ。
「いゆちゃん!!!た、大賞だって!!!」
「……はい?」
まさかの、恋愛小説大賞で、最優秀賞を、もらってしまった。
「え、このノート、ぜんぶですか?!」
「すみません、ぜんぶ写真に撮りますね、こりゃあ……すごいぞ!!」
とんとん拍子で担当さんがついた。
夥しい量の私の物語ノートを見て、次の出版作品をどれにするのか会議が連日開かれ、悲鳴を上げる人、人、人、人。
小学校低学年から……およそ9年かけて隠され続けてきた、私の物語が、今、複数の人に、読まれて、いる。
目の前で涙を流す大人たちを見て、自分の目にも、涙が浮かんだ。
大学では、純文学研究に打ち込むと決めていたので、サークルには所属しないつもりだった。
「読むだけ、書評だけでもいいから、入ってもらえないかなあ……?」
文芸部の先輩たちの強いお誘いを受け、のぞいてみることに、した。
部誌を読ませていただいて、文字好きの血が、さわいだ。
ああ、私は、物語を読むことも、書くことも、本当に……好き。
部員全員が、物語を綴る楽しみを大切にしているのが分かった。
部員全員が、自分の世界を大切にして文字にしている、誠実さを知った。
部員全員が、誰かの物語を大切にして称える姿勢に、感銘を受けた。
文字を、物語を愛する者たちで集まって語らう事に、喜びを得た。
……ところが。
私が二年生になった時、文芸部に、とんでもない人物が入部してきた。
私の物語を食い散らかした、あの人物。
過去の私の戸惑いが。
過去の私の悲しみが。
過去の私の怒りが。
「せんぱーい!プロなんですよね!すごーい!!私の作品も読んでくださいよー!!」
私の作品を奪った人物は、今、どんな物語を書いているのだろう。
今は、自分の物語を書いているのだろうか。
今も、誰かの物語を食い散らかしているのだろうか。
正直、興味は、あった。
子供の頃、小説を書いて入賞したから、物語を書くのが好きになったという、この人物。何冊も、何冊も、恋の物語を書いてきたのだと、自慢気に差し出したので、目を…通す。
目を、覆いたくなるような、現実がそこにはあった。
地域情報誌を欠かさず読んでいるのだろう。
ティーン雑誌の投稿欄を欠かさず読んでいるのだろう。
大人雑誌の投書欄を欠かさず読んでいるのだろう。
どこかで読んだことのある情景が、ずいぶん未熟な表現に変えられている。
どこかで読んだことのある物語の流れが、中途半端に間延びさせられている。
どこかで読んだことのあるセリフが、信じられないくらいイモ臭くなっている。
改悪の極みと言えばいいのだろうか。
作品ごとに読んだイメージが違うのは、おそらく。
作品ごとに口調が変わるのは、おそらく。
作品ごとに語彙力の違いが顕著なのは、おそらく。
この人物は……小学生の頃から、何一つ、変わっていないのだ。
中学、高校までの文芸部ならば、だませたかもしれない。
だが、ここは、文学を愛する、物語に敬意を払う者たちが集まる、神聖な、文学部の文芸部。
「薄っぺらい感情しかない、盛り上がりのないただの文章。場面描写の未熟さといい、語彙力のなさを恥ずかしげもなく曝け出す…身のほど知らずもいいところ、…読むに値しない、こんな、こんな……。」
完全無視を決め込む部員たちには目もくれず、私にばかり声をかけてくる、この、人物。思いっきり、現実を突きつけてみたものの、まるで堪える様子がない。
「ね、このキャラクターはどんな顔をしていると仮定して書いてるの?ブサイクがキモい顔してこんなサブいぼ台詞……?ギャグでしかないけど……ああ、これは、面白くないコメディかも……。」
ここまで改悪できるとは。
キャラクターの設定をまるで考慮しない、似つかわしくない台詞の羅列。
元の物語が、完全に打ち消されている。
「恋愛なめてるよ、こんな目の毒になる文字…発表しないで欲しい。あなた、こんなことばかりしてると、絶対に恋愛小説家になんかなれないよ?」
私のような恋愛小説家になるのだと、目を爛々と輝かせて語る、人物。
私のような恋愛小説家ならば、自分でもなれますよねと、私の担当に詰め寄る、人物。
参考にし続けた雑誌の休刊が相次いだからか、全く相手にされずに業を煮やしたのか、ジャンルを変えて物語を書くようになった、人物。
詳しい知識もないままに、かっこよさそうなフレーズを抜き出しては繋ぎあわせて、起も承も転も結も存在しない、薄皮一枚の物語を、誇っている。
「付け焼刃って知ってる?知識のない人がイキって書いた物語って、すぐばれちゃうよ…。」
文芸部員の、貴族階級の質問に答えられず真っ赤になった人物は、曖昧な表現に逃げるようになった。内容がない事実を、読み手の豊かな感受性で打ち消そうとするようになったのだ。
「心に響く言葉のふりした、読者任せの単語つなぎって感じる。読ませる相手に結末を委ねるとか、文字書きとしてどう思うの?」
朝から晩までに何があって、何を思ったか。なんの学びも感動も憂いも感情の起伏もない、結果報告を嬉々として綴るようになった。
「起承転結も伏線もない、ただの日記ね。あなたの長々とした独り善がりな日常なんて、誰も求めてないんじゃないかな。」
短く書けば良いと思ったのだろう。思い付いた事を、物語のふりをして文字にするようになった。ただの買い物メモと変わらない、単語が並ぶだけの、模様のような文字列に……唖然とした。
「これではただのあらすじじゃない?書くことから逃げてるでしょう……、もう、書くの、やめた方がいいよ。」
やがて、物語を大切にできない人物は文芸部を去った。
だが、私の周りで、騒ぎたてるようになった。
新刊が出る度に、私を訪ねては長々と感想を聞かされた。
サイン会の度に、私を訪ねては長々と世間話をされた。
テレビに出れば、私に電話をして長々と質問を浴びせた。
編集室には、新刊が出る度に長い感想メールが届いた。
感想のふりをした、明らかな作品侮蔑に、担当者は怒りをあらわにした。
隙あらば自宅に突撃してくるので、引っ越しを余儀なくされた。
頼れる担当者…、主人と共に、新しい土地で暮らし始めた。
子どもも生まれ、幸せに毎日を過ごしながら、物語を綴った。
相変わらず、あの人物は出版社に迷惑メールを送り続けていた。
自分の情報を一切漏らさず、物語を綴った。
自分の情報を漏らしたら、必ずあの人物は、騒ぎたてるようになるに違いない。ただでさえ、私の学生時代の出来事をあちらこちらで吹聴しているのだ。あることないこと、面白おかしく語りたくて仕方がないらしい。
「こちらから情報を提供した方が良くない?」
主人と出版社の社長の意見を取り入れて、年に一度ほど談話の席を儲けることにした。特別扱いをする事で、あの人物の暴走を止めることができるのではないかという目測を立てたのだ。
「先輩の新刊、読みましたよぉ!今回も心が震えて…素敵でしたねぇ!ラブラブでワクワクしたの、でもあのシーンはないですね!主人公の決め台詞ダサダサで今風じゃないですよ!あたし考えたんだけど、『俺の人差し指咥えて』に変えるべきです!第二版は書き替えてください!」
「あなた相変わらず……語彙力ないわね……。あとね、セリフの書き替えはできないって何回も言ってるでしょう?」
直接私にダメ出しができるのが、楽しくてたまらないらしい。
「ええー、やっぱり純文学ってうざいですね!融通利かなくてめんどくさい!あたしぃ、そうゆうのムカつくんで、最近、ラノベを読んでみたんですよ。純文学とは違う良さにはまっちゃいました!みて、みてみてくださーい!」
「……ええ?あんな子供だましってバカにしてなかった?ああいうのは、一度読んじゃうと脳みそが劣化するからって言ってたよね。気が向かないならやめといた方が……。」
さんざん、今のラノベ界をこき下ろしていたのに、ものすごい手のひら返しを披露している。批判をするためだけに本を読んでいたこの人物に、一体何があったというのだろうか。
「もう、劣化してしまったのかも?でもね、どれも、すごく面白いんですぅ。完全よまなぞんでしたー!てゆーか、今のラノベって究極の進化系かも!先輩、完全流行に乗り遅れてますよ!もう、落ち目ですね!」
ハイテンションで語りながら、気に入っていると思われる本を差し出す人物……今一番の売れ筋の作品だ。
……なにを隠そう、私の、別ペンネームの、作品である。
書いたはいいが、あまりの拙さに頭を抱えた作品だ。
書いた事を激しく後悔した、黒歴史的な作品だ。
「こ、こんなつまんない物語なんかで…満足しているなんて、相変わらず…ねえ、この本レベル低いと思わない?」
「全然!むしろ神ですよ!この手のザマアはね、ホント人気で!最近は、小説投稿サイトにもはまってるんですよ。こういう話、いっぱい載ってるの!」
スマホを取り出し、小説投稿サイトのマイページを見せられた。
「ああ…あなたには、ちょうど、良いかも。」
このサイトは、強烈な批判をすれば…強制退会の措置があったはず。
「私、思いきって昔の作品、投稿しようかなって思っているんです。最近、ノートを引っ張り出して読み返して見たのだけど、改稿したらすぐに書籍化オファーが来るはずで!先輩の出版社みたいに頭のかたくない、今風の若くて未来のある会社っていっぱいあるんですよぉ……」
あの、丸パクリの作品を、公開するつもりなのだろうか。
ポケベルの話を、どうやって現代風にアレンジするつもりなのだろうか。
あらゆる出版社でクレーマー認定されている事に気づいていないのだろうか。
「ええと……あの、時代遅れすぎて、浮くんじゃないかな?改稿って本気で?まさかとは思うけど、まだ恋愛小説家目指してるとか……、今は、わりと出版社同士の繋がりも密で情報が……」
「目指すも何も!もう夢を追う年じゃないですから、あとはただ現実で無双するだけ…ええ、自己満足ですね。今年中に百万部!ウフフ!」
勝ち誇ったような顔で、私を見つめる、……許しがたい、人物。
「この年になって、恥をかくのは、……どうかと思うの。相変わらず、ホント……能天気というか、幸せ者というか…あのね、素人でいた方が楽で良いと思うよ。」
ピロ、ピロピロンッ!
目の前でニコニコしている人物のスマホが鳴った。
「あ、息子からメール…、お迎えに来てくれたみたいなんで、私もう行きますね!」
この人物は、私にマウンティングしたくてたまらない、らしい。
「今度の映画、家族で見に行くんです、旦那もお義父さんお義母さんも息子もお嫁さんも娘もお婿さんも孫たちも先輩のファンなの!新刊楽しみにしてます、がんばってください!また感想送りますね!」
……いつも、会合のラストは、家族自慢で飾るのだ。
……いつも、会合のラストは、批判予告で締めるのだ。
「先輩、今日はありがとうございました。またいつでも声かけてください!家庭があるので、泊まりがけは無理ですけど、またいつか大豪邸にもお邪魔したいです!それじゃ、失礼します!」
私にも家庭があるのだが、そんな事はおくびにも出さず。
「あなたが来るとなると、掃除しなくちゃいけなくなるから。正直面倒なのよ。お手伝いメンバー呼ぶのも……ね。次もカフェで会いましょう。…またね。」
一度別荘に招待したら、写真は隠し撮りされるわ置物は持ち出そうとされるわ棚は勝手に触られるわで大変な目にあったのだ。
珍しく声を荒げるはめになり、喉は枯れるし、貧血になっちゃうしで本当に大変な目にあったのだ。
「お疲れ様、帰りにちょっと会社に顔出して行こう、新刊の打ち合わせしたいんだ。日曜だけどね、早めにやっておこうってさっき電話がかかってきて……いい?」
「ええ。でも、悠真ちゃんとの約束が……。」
主人がお迎えに来てくれた。
二人分の伝票を手に取りレジで支払いを済ませてくれた主人についていくと、見慣れた社用車がコインパーキングに停まっているのが見えた。
車に乗り込むと……今日の運転手は息子か。
出版社に就職した息子は、上司である主人にしごかれているのだ。
…助手席には、かわいい孫の姿が。
「お疲れ、母さ…先生!打ち合わせ終わるまで、一階の喫茶室で待ってるから。気にしないでいいよ!」
「ばあば、おしごとおわったら、このごほんよんでね!」
「ふふ、いいわよ~!」
孫から差し出されたのは、一冊の古い絵本……。
私は、大切な……自著を、ぎゅっと、抱きしめた。
※こちらのお話と連動しております。合わせてお楽しみください※
あれだ、わりと息をするように頂いていく人ってのは確かに存在しておりましてですね……。
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