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恋愛小説家にはなれない

小さい頃から、物語を書くのが好きだった。

きっかけは、小学二年生の時の、夏休みの宿題。
子供童話コンテストに応募したら、初めて書いた自分のお話が、最優秀賞に輝いたのだ。

「すごいね!」
「おもしろい!」
「もっとかいたらどう?」

何をしてもパッとしない、趣味のない子供だった、私。
たくさんの人に褒められて、調子に乗ってしまったのだ。


「泣ける、私も、こんな恋がしたいよ……。」
「いつか恋をしたら、また読み返したい。」
「人を好きになる勇気がもらえた。」

優しい人たちに囲まれて、現実を知らぬまま、おおきくなってしまったのだ。


「何これ、つまんない。」

大学で入った、文芸部。

本気で小説家を目指す、向上心にあふれたメンバーが所属するサークルで、私は初めて…酷評をもらった。


「薄っぺらい感情しかない、盛り上がりのないただの文章。場面描写の未熟さといい、語彙力のなさを恥ずかしげもなく曝け出すとか身のほど知らずもいいとこ、…読むに値しないわ、こんなの。」

中学、高校と、文芸部で、何冊も、何冊にもわたって…発表してきた、私の大切な、恋物語。

私は、恋の物語を綴っていくことを願っていた。
私は、私にしか書けない、恋の物語を、書いてゆこうと。


「ねえ、どんな顔してこれ書いてるの?ブサイクがキモい顔してこんなサブいぼ台詞書いてるとか、ギャグでしかない!ああ、これ、面白くないコメディかぁ……。」

副部長は、在学中にデビューをした、プロの、恋愛小説家だった。

「恋愛なめてるでしょ、こんな目の腐る文字発表しないでくれる?あなたは、絶対に恋愛小説家になんかなれない!」


貴重な意見を参考にして、ファンタジー小説を書いてみた。

「付け焼刃って知ってる?知識のない人が書いた物語ってすぐばれるんだよね…。」


小説界で大活躍する憧れの先輩の言葉を重く受け止め、詩を書いてみた。

「心に響く言葉のふりした、読者任せの単語つなぎって感じ。読ませる相手に結末を委ねるとか、文字書きとしてどうなの。」


文字を巧みに操り人々の心を魅了する本物の恋愛小説家のアドバイスに従い、エッセイを書いてみた。

「起承転結も伏線もない、ただの日記ね。あなたの長々とした独り善がりな意見なんか、誰も求めてない。」


大ヒットを立て続けに発表し恋愛小説家の重鎮となった先生のありがたいご指導を受け、短編を書いてみた。

「こんなのただのあらすじじゃない。書くことから逃げてるでしょ、もう書くのやめた方がいいよ。」


私は、書くことをやめてしまった。

私は、恋愛小説家には、なれなかった。

私は、文字を書くことが、出来なくなってしまった。


書店でうず高く積まれている、先輩…恋愛小説家の作品。

新刊が出るたびに欠かさず購入し、月日はどんどん過ぎていった。
作品を何度も読み返しながら、月日はどんどん過ぎていった。
作品の新刊を心待ちにしながら、月日はどんどん過ぎていった。


物語を書かなくなってずいぶん経った。

先輩…恋愛小説家の大先生は、ただの一読者である私とお付き合いして下さっている。

年に何度か、お茶にお誘いいただいているのだ。
お忙しい先生のお時間をいただいて、おそれ多くも仲良く昔話に花を咲かせていただいているのだ。

「先輩の新刊、読みました!!今回も心が震えて…素敵でした!!」
「あなた相変わらず語彙力ないわねえ……。」

もう、物書きとしてアドバイスをいただくようなことは、しない。

先生は、執筆で大変お忙しいのだ。
ただの一般人に、文章を書かなくなった私に、物語を綴るためのありがたいご指導は必要ないのだ。

「最近、ラノベを読んでみたんですよ。純文学とは違う良さにはまっちゃいました!」
「ええ?あんな子供だまし?ああいうのは、一度読んじゃうと脳みそが劣化するからやめなさい。」

先生は、今なお私に、アドバイスをくださる。
物語を読むに当たってのプロのご意見は…、たいへん貴重なものだ。

「もう、劣化してしまったのかも……。どれも、すごく面白いんです。」

……お気に入りの何冊かを、そっと差し出してみる。

「こんなつまんない物語なんかで満足しているなんて、相変わらずレベルひっく!!」

……相変わらずの、厳しさに、思わず頬が緩む。

「最近は、小説投稿サイトにもはまってるんですよ。」

……お気に入りの、小説投稿サイトのページを開いて見せてみる。

「ああ~、あなたにはちょうど良いかもね!」

……ちらりとスマホ画面を覗いたあと、先輩はあきれたような目を私に向けた。

「私、思いきって昔の作品、投稿しようかなって思っているんです。最近、ノートを引っ張り出して読み返して見たのだけど……」

私の中に埋もれてしまった、私の書いた恋の物語。
私が恋愛小説家を目指して書き上げた、先輩に認めてもらえなかった物語。

過去に書いた私の物語が、今、私の心を震わせている。

「ええ?あんなの時代遅れすぎて浮くに決まってるじゃない!改稿って本気?まさかとは思うけど、まだ恋愛小説家目指してるとか?」
「目指すも何も、もう夢を追う年じゃないですから。…ただの、自己満足ですね。」

……私は、恋愛小説家には、なれない。

「この年になって恥をさらすとか、相変わらずねェ。ホント能天気というか、幸せ者というか。素人は楽で良いわね。」


ピロ、ピロピロンッ!


「あ、息子からメール…、お迎えに来てくれたみたいなんで、私もう行きますね!」

……今日、先輩に会いに行く事を伝えていたから、心配してくれていたみたい。

「今度の先輩原作の映画、家族で見に行くんです、旦那もお義父さんお義母さんも息子もお嫁さんも娘もお婿さんも孫たちもファンなの!新刊楽しみにしてます、がんばってください!」

半分ほど残っているコーヒーを一気に飲み干し、席を立つ。

「先輩、今日はありがとうございました。またいつでも声かけてください!家庭があるので、泊まり掛けは無理ですけど、またいつか大豪邸にもお邪魔したいです!それじゃ、失礼します!」

……頭を下げ、にっこり微笑んだ。

「あなたが来るとなると、掃除しなくちゃいけなくなるから面倒なのよ。家政婦呼ぶのも面倒だし。次もカフェだから。…またね。」


……レジで自分の分の支払いをしながら、ぼんやり思うのは。

私、恋愛小説家にはなれなかったけれど。

恋愛もできたし、結婚もできたし、子どももいるし、孫もいるし、優しい家族がいるし、持ち家もあるし、毎月の家賃収入もあるし、健康だし、ホント、幸せ者だよね。


先輩は、恋愛小説家になれたけど。

彼氏がいるのを見たことがない。
大豪邸に一人暮らし、さみしそう。
親も兄弟もすでにいない。
友達は…いるのかな?

酒焼けでがらがら声だし。
タバコの吸いすぎで顔色悪いし。
いつもイライラして誰かを怒鳴り付けているし。

……私、幸せすぎるから。
……幸せにどっぷり浸かっていたいから。

恋愛小説家には、なれないなあ……。


プー、プップー!


…お迎えが、きたみたい。

「ばあば~、ケーキたべにいこ!」
「うん、いくー。」

私は、大好きな恋愛小説をぎゅっと抱き締めて、車に乗り込んだ。


※こちらのお話と連動しております。合わせてお楽しみください※

トンデモねえひっくり返しの物語があるという話ですよ……。


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