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癖 【く_50音】

【癖】
1 無意識に出てしまうような、偏った好みや傾向。習慣化している、あまり好ましくない言行。「爪をかむ癖」「なくて七癖」「怠け癖(ぐせ)がつく」
2 習慣。ならわし。「早起きの癖をつける」
3 一般的でない、そのもの特有の性質・傾向。「癖のある味」「癖のある文章」
4 折れ曲がったりしわになったりしたまま、元に戻りにくくなっていること。「髪の癖をとる」「着物の畳み癖(ぐせ)」
(出典:デジタル大辞泉)

僕は服を買うときはいつも下北沢にあるセレクトショップに行くことにしている。

品揃えが良いのはもちろんだが、行けば必ず「○○さん!」と元気よく小走りで駆け寄って話しかけてくる店員さんがいるのも大きな理由だ。その姿はチワワを思い起こさせるので、僕は陰で「チワワさん」と勝手に呼んでいる(チワワと呼ぶにはだいぶ大きいが)。

お店にいる時間は30分から1時間くらい。チワワさんとの会話が楽しくて店を出るときには大抵両手に紙袋を抱えることになる。そういった意味では優秀な店員とも言える。

僕が店を出るときには「あぁ。今日も楽しませてもらいました!ありがとうございました!」とおおよそ店員らしからぬ発言で送り出してくれるのも彼女の魅力だ。

そんなセレクトショップから2か月に1度くらいの頻度でDMが届く。セール情報や新作情報と一緒に、毎回チワワさんの手書きのメッセージ(とかわいい手描きのイラスト)が添えられている。それがなんだかんだいつも待ち遠しい。

ちょうど昨日DMが届いた。今回もチワワさんからの「お便り」がセットになっていた。

文字を読みながら「ほんとにそのまんま、チワワさんの字だなぁ」と思わず吹き出した。

嘘のつけない筆圧の強さ、朗らかな人柄そのままの丸文字。どうして文字のはこんなにも分かりやすくその人そのものを顕してくれるのだろう。

そこまで思ったところで、そういえば僕のはなんだろうと気になってしまい、勢いで彼女に電話をかけた。

「突然で悪いんだけどさ、僕のを挙げてみてくれないかな?」
チワワさんの文字の話をし、には人格が出ると思ったというとこまで説明も加えて反応を待つことにした。

ねぇ…」それきりしばらく黙りこむ彼女。
「私たちって付き合って2年になるわけよね」
1分ほどの沈黙のあとに彼女から出てきた言葉が思いもよらぬものだったので、僕はうまく反応ができなかった。そのまま続きを待つことにした。

「付き合ったばかりの頃は結構気になってたのよ、。大事なところで声が小さくなるところとか、ひとつのことに没頭すると周りの空気が読めなくなるところとか、慌てると早口になるところとか、髪の毛を触り過ぎるところとか、他にも挙げればまだまだあるけど、そういう仕草や行動のは結構気になってはいたのよね」

「結構あるな...それで今は気にならなくなったということ?」
「ううん。そうじゃない。結局ね、って自分とは違う部分のことだと思うの。もっと言えば違うと認識できる事柄のこと。仮に同じが双方にあったなら、そのときはと言わず“似ている”“共通点”となるわけでしょ」

「あぁ。確かに言われてみれば」
「でね、一緒に過ごす時間が増えてくると、違う部分を多く把握できるようになってくるわけ。そうするとどこかのタイミングで、そもそも私とあなたは違う人間だという当たり前のことに気付くのよ。不思議なのだけれど」

そこまで話し終えると「あれ」と彼女は声をあげた。
「ちょっと待って。わからなくなってきた。ってなんだろうね?」
と言った。当然ながら僕もわからなくなっていた。

電話を切ってから、僕は彼女のを思い出そうとしてみた。

話題を突然変えるところや、声を上げずに「くくく…」と笑うところや、右肩上がりの細い字を書くことなど、挙げようと思えばどんどん挙がるような気がしたけれど、それはというよりは、彼女を形成しているひとつの要素のような気がしてきた。

それでも、まだ僕が知らないがあるのではないか、できればもっと見せてほしいなどと、探究しがちな僕の悪いが顔を出したところでその日は寝ることにした。

君の癖を知りたいが ひかれそうで悩むのだ
昨日苛立ち汗かいた その話を聞きたいな

 同じような 顔をしてる
同じような 背や声がある
知りたいと思うには
全部違うと知ることだ

 『くせのうた』/星野源


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