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【読書メモ】『なぜ「若手を育てる」のは今、こんなに難しいのか 〝ゆるい職場〟時代の人材育成の科学』(古屋星斗著)〜前編〜

『ゆるい職場』を皮切りに、著者のリクルートワークス研究所等でのレポートを興味深く読んでいる身として、心待ちにしていた新著が発売されました。期待感が高まった上で読むとガッカリすることもあるのですが、本書に関してはそのようなことは全くなく、むしろ大変興味深い示唆に富んだ好著です。研究面でも実務面でも多くのことを考えさせられたので、2回に分けて所感を書きます。

一括りにできないZ世代の多様性

タイトルにもあるように、著者が本書で対象としているのは若手社員です。著者と同様、世代論で一括りにするのは私も好きではないのですが、端的に言えばZ世代と呼ばれる層を中心に考察されています。

ただ著者は、Z世代とはAとBの特徴を持っている、というような画一的なものを明らかにすることはできないとしています。というのも、Z世代は多様な価値観を有しているため一括りにして特徴を明示できないのです。

その論拠の提示が大変興味深いのです。具体的には、職業や職場に関する調査に対する回答傾向が、他の世代と比べて中間回答が減少していて二極化している、という点から導いているのです。詳しくは本書を紐解いていただきたいのですが、この論理展開は極めて明快で納得感があります。

世代を細かくわけ、毎年恒例の行事として「今年の新入社員は〇〇型」と形容し、「〇〇型社員を対象としたXXの研修が大手企業で流行っています!!」みたいな虚像に基づいた謳い文句には気をつけたいものです。

若手社員のキャリア不安

価値観が多様化しているということは、活躍する領域やタイミングも多様化するということを意味します。とりわけSNS等を通じて、自身に近しいあるいはそこそこ面識のある知人・友人の活躍というものは好むと好まざると日常的に私たちの目に入ります。日常のあるポジティヴな出来事という一時点を切り抜いて発信された情報がスゴイ!と他者から認識されることは自然なことでしょう。

ただ、そうした情報に日常的に触れていくことで、翻って自身の現状のキャリアについて不安感をおぼえることは普通の現象なのではないでしょうか。著者が指摘するように、超勤が少なく、有休も十分に取れ、生活をサポートする制度があるために、自身の職場や周囲の同僚に対する不満はなかったとしても自身のキャリアに対する不安感は別軸なのです。

社内にロールモデルがいない

若手社員のキャリア不安を助長するものは社外の存在だけではありません。社内において、自身に影響を与えるようなロールモデルの不在という課題にも著者は言及しています。

これは、上述したZ世代の価値観の多様化と関連していると考えられます。つまり、若手社員にとってどのようなキャリアや働き方を良しとするかという観点は多様化しています。また、職場環境の変化によって働き方は以前と今とで大きく異なります。

卑近な例ですが、2003年新卒入社の私は、①売上目標はストレッチすぎる値で、②斜め上の上司からの所定労働時間外の厳しいフィードバックは日常茶飯事、③超勤は100h/月オーバーが恒常的、という新卒からの三年間を過ごしました。そこでのタフな経験は現在の人材開発領域での職務発揮や自身のキャリアを形成する糧の一つになっていることは間違いないですが、2023年の職場環境において参考になる経験にはなり得ません。①はグレーですが、②③は単独でも一発アウトな案件であり、現在において再現可能性がない経験なので若手社員のロールモデルに少なくとも私の若手社員の経験はなり得ないのです。

キャリア自律に忠実に対応しているだけ!?

キャリアの不安感を解消しようにも社内に必ずしもいない中で、若手社員は社外での多様な経験を積もうと行動しています。著者の丹念なインタビュー調査も一部が本書に掲載されているのですが、中には入社した年の7月から副業を申請したことで、職場の同僚から驚かれたという生々しいケースもあります。

若手社員にとって社内と社外という認識上の敷居は存在せず、自身の価値観に則りながら社会に対して貢献し、そのための活動の一つとして社内での職務というものを捉えているのかもしれません。キャリア自律とは、ざっくり言えば主体的に選択肢を複数設定しその可変性にも柔軟に対応するという考え方でもあるので、若手社員は学生時代から極めて忠実にキャリア自律の意識と行動を実践しているとも言えます。

企業は、自社における組織内キャリア開発を前提として人事制度や上司による関与というものを設定してきました。しかし、キャリア自律という言葉を用いる以上は、キャリア自律の意識と行動を実践する若手社員の行動を批判的に見るのではなく、画一的ではなく個別的な対応を行っていくことが求められているのではないでしょうか。


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