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ブラックアダム

3月公開の「THE BATMAN-ザ・バットマン-」や日本では8月公開となったCGアニメーション映画「DC がんばれ!スーパーペット」はDCエクステンデッド・ユニバースに含まれないということで、本作は今年唯一公開された同ユニバース映画ということになる。

マーベル・シネマティック・ユニバースが配信作品や世界では去年公開だが日本では年が明けてからの公開となった「スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム」を除いても3作品あるのに比べれば非常に寂しい状況だと思う。

個々のDC映画の興行成績は言うほど悪くないと思う。

コロナ禍に入りかけた頃の2020年2月に全米で、コロナ禍に入った3月に日本で公開された「ハーレイ・クインの華麗なる覚醒 BIRDS OF PREY」は米国で8400万ドル、日本で5.1億円の興収をあげている。
日米ともに20年12月公開の「ワンダーウーマン 1984」は米国では同時配信されたのに4600万ドルの興収をあげ、日本でも5.4億円と「ハーレイ・クイン」をわずかに上回る数字となっている。
日米で21年8月に公開された「ザ・スーサイド・スクワッド “極”悪党、集結」も米国では同時配信作品だったが、興収は5500万ドルと同じ公開パターンとなった「ワンダーウーマン 1984」を上回っているし、日本でも5.8億円とやはり同作を上回っている。

コロナ禍であるということを考慮すれば十分、合格点を与えられる数字だと思う。 

しかし、同じDC原作ワーナー 配給のユニバースに含まれない「ザ・バットマン」は米国では同時配信されなかったとはいえ3億6000万ドルの特大ヒットになっているし、日本でも特大とは言えないものの近作3本の平均値の倍にあたる11.9億円の興収をマークしている。

となると、DC原作映画自体が嫌われているわけではないということだ。

つまり、最近のDCユニバース作品で顕著な中途半端なコメディ路線が好かれていないということなのではないかという気がしてくるんだよね。

マーベルの「ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー」シリーズや「アントマン」シリーズのようにコメディ色を前面に出せばそれほど嫌悪感を抱かれないのではないかという気もする。
だから、DCユニバース作品でも「アクアマン」や「シャザム!」の1作目はヒットしたのだと思う。

そんなわけで、日本よりも1ヵ月半もはやく公開された米国では評判がよろしくなかった本作を不安を抱えながら見ることにした。

率直な感想はつまらないの一言に尽きる。
夜勤明けとか、変な時間に起きて二度寝できずに睡眠不足状態とか、そういう時に見たら寝てしまうと思う。
テンポが悪い。それから、先述した最近のDCユニバース作品同様、コミカルな描写が中途半端。
この辺のさじ加減は、フェーズ3までのマーベル映画はうまかったよねと思う。

あと、主人公チームが3つもあることも散漫な印象を与える要因になっている。

●ブラックアダム
●アモン少年、指名手配されている学者の母親、電気技師の叔父の一家。
●カーターを中心にしたヒーロー組織JSA

結局、それぞれの出番が減ってしまうから何が言いたいのか不鮮明になってしまっている。
しかも、エンドタイトル後のオマケ映像ではスーパーマンまで登場する。
もう少し描きたいものを絞るべきだったと思う。

そして、米国での批評家筋が否定的になりそうな理由も分かった。
民主党的、リベラル的思想に洗脳された米国のエンタメ・マスコミ界(一部除く)では、善悪をはっきりさせなくてはいけない。

でも、ブラックアダムもJSAも善とか悪とか一言で言える存在ではない。しかも、ブラックアダムもJSAの中心人物カーターも非白人だ。
マイノリティの主張は全て正しい、例えば、人種差別撤廃という目的で行われたデモに伴う暴動で掠奪行為が起きても、それは略奪した黒人ではなく人種差別をした白人が悪いという考えだ。

そういう思想の連中からしたら、善悪の判断は簡単につくものではない、善と悪は紙一重という本作のメッセージは受け入れられないと思う。
まぁ、劇中にクリント・イーストウッド作品が映し出されていたことからも分かるように、意図的にイーストウッド作品でおなじみのグレーな善悪の描写を取り入れたのだとは思う。
でも、今のポリコレに毒された米国のエンタメ・マスコミ界ではマイノリティは100%正義でなくてはいけない。だから、こういうイーストウッド的なグレーな描き方が批判されているのだと思う。
実際、ドナルド・トランプが2016年秋の大統領選挙で当選して以降、イーストウッド作品は米映画賞で無視状態になってしまったからね。

それから、音楽の使い方もこうしたポリコレ脳の連中に批判される要因の一つになっている気がする。
一応の主人公の名前がブラックアダムだからって、ザ・ローリング・ストーンズの“黒くぬれ!”を使うのはベタベタすぎるし、この曲のタイトルが人種差別的だと勘違いして噛み付く連中もいることを考えれば、この曲を使ったのはミスと言ってもいいと思う。

そして、それ以上に批判の対象となったのが、カニエ・ウェストの“パワー”を使用していることだと思う。カニエ(というか、イェと呼んだ方がいいのかな)は黒人でありながら共和党寄りの思想ということで、リベラル勢からは嫌われている。
しかも、トランプからも“こいつはダメな奴だ”扱いもされているから、保守層からの受けも良くない。

そりゃ、本作への批判が高まるわけだ。

ただ、冒頭に流れたスマッシング・パンプキンズ“バレット・ウィズ・バタフライ・ウィングス”は結構燃えた。

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