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ブレット・トレイン

6月に日本公開された「ザ・ロストシティ」は80年代に量産されたアドベンチャー映画(「インディ・ジョーンズ」シリーズ、「ロマンシング・ストーン」シリーズ、「キング・ソロモンの秘宝」シリーズなど)を2020年代に甦えらせたようなタイプの作品だった。ご都合主義全開だし、下ネタも目立つし、冒険に出かける地域に対する上から目線のようなものを感じずにはいられなかったので、よく、こんな内容のものがポリコレ至上主義の今のハリウッドのメジャー大作として作られたものだと感心したくらいだ。

その「ザ・ロストシティ」は80年代終盤にデビューし、90年代になってブレイク。そして、40代になって、やっとアカデミー賞を受賞。現在は四捨五入すると60歳になるというサンドラ・ブロックが主演を務めた作品だ。

同作には、デビュー時期やブレイク時期も同じ頃で、アカデミー賞を受賞するまでにも時間がかかり(こちらは50代になってから)、やはり現在の年齢は60歳に迫っているブラッド・ピットがゲスト出演していた。

本作「ブレット・レイン」はサンドラとブラピの立場が逆となった作品だ(ブラピが主演、サンドラがゲスト出演)。

「ザ・ロストシティ」が80年代の脳天気アドベンチャー映画を20年代に甦えらせた作品なら、本作は80年代によくハリウッド映画で見かけた勘違い日本描写を20年代のテイストで描いた作品と言ってもいいのではないだろうか。

2000年代に突入して以降、日本に対する勘違い描写満載のハリウッド映画は激減した。
最大の要因としては、日本でハリウッド映画がヒットしなくなり、ハリウッドにとって上客ではなくなったということがあげられると思う。
そのかわりに、ハリウッド映画の重要な市場となった中国や韓国にハリウッドの目は向かっていった。

また、日本経済の長引く停滞により、ハリウッド作品へのジャパンマネーの投資が期待できなくなったことも、ハリウッドが日本に媚びる必要はないと思うようになった理由だと思う。当然、ハリウッドは日本のかわりに経済力をつけていった中国や韓国の資本に媚びるようになった。

日本人からすると、国辱ものに見えるハリウッドの日本絡みの描写も、ハリウッドからすれば金を出してくれる日本に対しての媚びまくりのサービスだったんだよね。

その一方で、決して完璧ではないものの、日本に関する描写をなるべくリアルに描こうとする作品が増えたということも指摘できると思う。
ケン・ワタナベがアカデミー助演男優賞にノミネートされた「ラスト サムライ」はまだ、トム・クルーズ主演ということもあってハリウッド映画っぽい感じはしたけれど、アカデミー作品賞にノミネートされた「硫黄島からの手紙」、マーティン・スコセッシ監督の「沈黙-サイレンス-」といったあたりは映画に詳しくない人が見たら日本映画と思ってしまうくらいの描写になっていたと思う。

そんなわけで最近ではアメコミ原作映画以外では変な日本描写はなかなか見られなくなってしまった。

本作は久々にキッチュな日本描写が見られるハリウッド映画となっている。
まぁ、配給会社は日系のソニーだし、原作は日本の小説だけれどね。

原作では日本を舞台に日本人キャラが騒動を繰り広げるという話だったものが、何故、日本を舞台に外国人を中心にしたキャラの話に変わっているのかは謎だが。
しかも、新幹線もJRも実名では出てこないしね…。ブラピらの来日キャンペーンが新幹線車内で行われたということは、決してJR各社が本作に協力的でなかったということではないと思うんだけれど、何故、こういう設定になったのかはよく分からないな…。実際に日本で撮影し、本物の新幹線の車両を見せれば宣伝になるから許可するけれど、海外でのセット撮影では新幹線のPRにはならないから、新幹線やJRの実名使用を許可しなかったって感じなのかな?

そんなわけで、変な日本描写満載の作品であることは新幹線やJRが実名で出てこないことでも想像できたけれど、実際に見てみると、驚くほどツッコミどころしかない作品だった。

ツッコミどころに関しては、いくら新幹線やJRを実名で出していないとはいえ、新幹線をモデルにした特急列車が夜行列車になっていたり、現在の新幹線では廃止されている食堂車が営業されていたり(なのに、何故かスタッフは車内販売の女性以外誰も出てこない)、あれだけ、車内でトラブルが連発しているのに車掌が全く気付いていなかったり(車掌は主人公が1駅間のチケットしか購入していないことはしきりに気にしているのに)、誰もが簡単に持ち運べる場所に荷物置き場があったり、名古屋を過ぎたと思われる地点の車窓から富士山が見えたりと、パッと思いついただけでも、これだけのおかしな点が指摘できる。

それから、日本人キャラクターの日本語の台詞で怪しいのもいくつかあったしね。というか、真田広之の日本語の台詞ですら、カタコトに聞こえる箇所があった。

でも、そんなデタラメな内容なのに、日本をバカにしているとか、アジアを見下しているとかいう感情は起きないんだよね。というか、これがめちゃくちゃ面白いんだよね…。

まぁ、多くの人が指摘しているように、クエンティン・タランティーノ監督の「キル・ビル」2部作のように、わざとデフォルメされたデタラメな日本・アジアを見せているんだと思う。

それから、たまたまなんだろうけれど、ロシア人が悪役になっているのもタイムリーだと思った。

そして、女性キャラが何人も出てくるのに、何か男くさいニオイがプンプンするなと思ったら(ゲイいじりネタは今のハリウッドのポリコレ的に許されるのかと一瞬思ったが)、プロデューサーが「イコライザー」シリーズのアントワーン・フークアだったのか。そりゃ、男くさいわけだ…。
女性キャラと言えば、サンドラは顔出しはちょっとだったけれど、声のみの出演シーンは結構あったので驚いた。まぁ、ラストの美味しいところをもっていくのはブラピがゲスト出演したサンドラ主演の「ザ・ロストシティ」と同じ構図かな。あと、コギャル風車内販売員の福島かれんが可愛い。

ちなみに本作は音楽でも注目すべき作品となっている。日本が舞台ということで日本のアーティストの楽曲も使われているが、ビージーズ“ステイン・アライヴ”をカバーしているのがアヴちゃんというのは意表をついた人選だよね。
てっきり、最近、DJキャレドが“ステイン・アライヴ”をサンプリングした“ステイング・アライヴ”という楽曲をリリースしていたので、同曲が本作で使われているのかと思っていたが、そうではなかったってことか。

そのほか、最近は単なる老害と化している奥田民生が驚くほどカッコいい曲を提供していることにも驚いた。パンク系のバンドの曲かと思ったら奥田民生なんだからね…。

それと、麻倉未稀“ヒーロー”をクライマックスで使っていたことにも驚いた。坂本九“上を向いて歩こう”は単に米国人に最も知られている日本の楽曲という理由で使われているだけだとは思うが。“時には母のない子のように”を使ったのは、「キル・ビル」的なノリなのかな?

音楽絡みで言えば、バッド・バニーの出番が少なかった…。今、米国で一番人気のあるアーティストと呼んでもいいほどの存在なのにね。

とりあえず、どんな理由があろうと、変な日本やアジアの描写は許せないという人は本作を酷評するだろうけれど、そうでない人にとっては、そこそこ楽しめる映画なんじゃないかと思う。上映時間も2時間6分だから、そんなに長くはないしね。

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