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湖面を滑る小さなボート。

誰もいないチミケップ湖。
湖を取り囲む木々の濃淡が湖面に写り込んでいる。境目は曖昧で、どこまでが山の木々でどこからが湖面に映るそれなのか、わからない。そんな風景に見とれていると、視界の外から、音もなく手漕ぎボートがフレームインしてくる。櫓は上げられていて、滑るように湖面を渡ってくるのだが、やがて水の抵抗に負けてスピードは緩みそこに佇む。まるで致景の風景画が完成するがごとく。

わずかばかりボートが揺れて、そこに人の気配が宿る。やがてその人はボートの中で上半身を起こし、一漕ぎ二漕ぎして、またボートの中に横たわってしまう。主無きように見えるボートは、収まる次のフレームを探すように音もなく湖面を滑っていく。

休暇も終わろうとしていたある日。ボートの彼女から声をかけられた。
「今日で、私は帰ります。きっと次はあなたの番ですね」

あの日から一年。今、私は女満別の空港からタクシーに乗ってあの湖を目指している。

#旅する日本語 #致景 #ショートストーリー #物語

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