光と影のアート
最初に自分のカメラを貯金で買ったのは、たしか中学1年の頃。父親は機械いじりが好きでNIKONの一眼レフを持っていた。当時スーパーカーブームだったので、車の写真を撮りたかったんだと思う。マイ・ファーストカメラは今でも手元にある。40年以上経つのに、見た目はまだピカピカしてる。
父は絞りとシャッタースピード、被写界深度、開放シャッターの使い方など基本的なことを教えてくれた。レリーズを借りて三脚で星空を撮ったりした。その頃は田舎に住んでたので、星が沢山写ってる。中2で音楽病を発症し(笑)その後ギターに一気にのめり込んでゆくので、以降、学生時代に撮った写真はあまり残っていない。下手だったし、現像代も学生には馬鹿にならなかった。
*2020.9.9.昔撮った写真が出てきたので追記。
そんなこんなで、幸運にも大学を卒業してすぐにシンガーソングライターとしてデビューできることになった。「See you again」というタイトルのデビュー曲は、こんな歌詞で始まる。
See you again
作詞・作曲:高野寛
もうしばらく 君のこと見れないけど
この気持ちだけは 忘れないから
楽しげに笑いかける その瞳
心のカメラに焼き付けておく
you & me レールのように流れてゆく
you & me だけど好きさ 君のことが
好きだから いつも会ったりはしない
久しぶりの 君はきっときれい
この曲が発売されたのは1988年10月、昭和最後の年の秋。当時は本格的にCDが普及し始めた頃で、デビューアルバムはCDとレコードとカセットで同時に発売された。まだ、デジカメはなかった。
翌年秋、3枚目のアルバムの録音のためにニューヨーク州・ウッドストックに渡った。プロデューサー、トッド・ラングレンのプライベートスタジオはウッドストックの大自然の中にぽつんと建つ「小屋」をDIYで改造した物件。煙突があって、クリスマスケーキに乗っているチョコレートの小屋にそっくりだった。歌入れをしていると、窓の外で野生の鹿がりんごを食べていた。
*撮影:石黒美穂子
40日間の滞在中、コニカのBIG MINIでたくさん写真を撮った。ハロウィン前の紅葉シーズン。ウッドストックの景色は本当に美しくて、芝生の上に散った色とりどりの落ち葉の写真を撮りまくった。その写真はアルバム「CUE」のブックレットに使われることになった。
その後も、海外に行く機会があるといつもカメラを持っていった。一眼レフよりもズームのついたコンパクトなやつが好きだった。移動中でもシャッターチャンスと見ればカバンからサッと取り出し、撮る。
いろいろ思い出深い写真があるが、坂本龍一さんのワールドツアーのメンバーとしてヨーロッパを旅した時にロンドンで撮った鳥の写真(見出し画像。スーパーカーブーム時代にマスターした流し撮りのテクニックが役に立った・笑)と、イタリア・フィレンツェの河沿いで撮った写真は気に入っている。カメラはCONTAX TVS。
フィルムカメラの時代から、ポラロイドやトイカメラも含めると何台のカメラを所有してきたかわからないほど。だからといって写真大好き!という感覚もなかったかもしれない。開眼したのはデジカメ以降。
21世紀に入ると、フィルムカメラはデジカメと携帯に、CDはiPodと配信に、あれよあれよという間に世代交代してしまった。音楽業界はCD不況に陥りてんやわんやだったが、自分にとっては、PCで好きなだけ録音できてデジカメで撮りたいだけ撮れるようになったことが心の底からありがたかった。おかげで録ること・撮ることは随分うまくなったと思う。相変わらず知識は中学の頃のまま止まっていたが、「こう撮ればこう写る」という経験値だけは上がった。写真は瞬間を切り取る光と影のアートだ。いい光といい瞬間を捉えれば、チープなカメラでもいい写真は撮れる。
2014年にアルバム「TRIO」の録音のためブラジルに行った時は、Canon S120という小さなカメラを持っていった(リオは治安が良くないので、良いカメラやiPhoneはひったくられるかも、と聞いた)。どこに行くのにもカメラを肌見放さず持っていた。小さくても機能は必要十分で、連写やHDR撮影などいろいろ試した。日本とは違う光と色彩が美しかった。
当時インスタが流行り始めた頃だったので、早速アカウントを作ってブラジルからの写真を毎日上げていた。それが思いの外好評だったので、その後フォトエッセイ集「RIO」を刊行することになった。3週間借りていたアパートの窓からズームで寄ると、コルコヴァードのキリスト像をうまく切り取ることができた。着いたその日に撮った写真は、アルバムジャケットの表紙になった。アパートを去る日、荷物をまとめた後に窓から撮った写真は、フォトエッセイ集の表紙になった。
*自分で撮った写真を並べてMVもつくってみた。
ちなみに2018年発売の30周年記念3枚組ベスト盤「Spectra」のジャケットは、暗がりでCDの裏面(光る方)にろうそくの炎を映した時に見える虹のような模様を、自分で接写したもの。抽象的な写真を撮るのも、絵を描く時の感覚に似ていて面白い。
もちろんスマホでもよく撮る。先日も車に乗っていたら信号待ちの池尻大橋付近でいきなり特大の虹に出くわしたので、慌てて撮った。虹は偶然にしか出会えないし、すぐ消えてしまう儚さがいい。雨上がりに強い光が差した時は虹出現のチャンス。光を背にして、狩人や漁師のような気持ちでカメラを構えて探し回る。この日は本当にラッキーだった。5分後にはアーチは途切れて、虹は根本に吸い込まれるように消えてしまった。
スマホの難点は、片手だと撮りにくいこと。やっぱり右手人差し指をシャッターボタンにかけるのが好きだ。
デジタルは便利で素晴らしいが、機材は短命で儚く、あっという間に旧型になって性能は新型に凌駕されてしまう。数えてみたらこの15年ほどで7台もコンデジを買い替えている... 画質よりも光とシャッターチャンスに重きを置いて、カメラ自体への愛着を捨てて割り切りながら、単なる道具としてほどほどのクオリティのデジカメとずっと付き合ってきた。1964年のフェンダー・ストラトキャスターは今でもバリバリ現役で使えるのに。
今年、思い切ってSIGMA fpを買った。生まれて初めて買ったレンズ交換式のカメラ。下の動画の撮影の時に現物を目にして、コンパクトな筐体と画質のギャップに驚いてずっと気になっていた。ミュージシャンも自分で動画を発信しなきゃいけない時代になったし、もちろん写真も撮れる(笑)。長い付き合いになるだろう。
今の所、まだ動画は素材を撮りためているところ。自粛生活中は毎日の散歩が日課になったので、公園や植え込みの植物や犬猫の写真を撮ったり、そのへんの景色を撮ったり。今もライブは再開できないので、我々ミュージシャンの待機生活は継続中。たまに友達に会うとき、話しながらなんとなく撮る。自分にしか撮れない表情が写っているのが嬉しい。
SIGMA fpは情報量が今まで使っていたカメラと桁違いなので、なんでもないモノや景色が深い画になったりもするし、補正すると思いがけない色が浮かび上がってくるのも楽しい。ただしイージーには撮れない厳格さや独特な個性の強さもあるので、反射神経でシャッターを切りすぎないように一呼吸置いてセッティングを詰めて撮る。勉強させてもらってます(笑)
4〜5月はずっと家にいたので、プロフィール用の写真を自分で撮ってしまおうと思った。いろいろ試して、ZOOMやMACのPhotoboothにSINGMA fpを繋いで動画を自撮りして、そのデータから一番写りの良いところを切り取ると納得の行くセルフポートレートが撮れることに気づいた。画質はだいぶ劣化するけど、WEB用なら十分いける。
いつしか、コンピューターの中には35000枚の写真が溜まっている。最近リリースした曲のアートワークも、自分で撮った写真を使っている。
写真はコミュニケーションツールでもあり、アートでもある。気軽で身近なのに、どこまでいっても奥が深い。そして写真は自分にとって、音楽と同じくらい自由で大切な表現のひとつ。
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