【掌編】 今日、女に振られた。

 今日、女に振られた。
 嫁にもらうつもりだった。

 男はすっかりその気になっていた、ほったらかしていても女はついてくると思っていた。女なんて生き物は待つしか芸がない、たまに訪れたらそれしか使い道がない、男はそう思っていた。
 縋るしか能がないと思っていた相手が突然三行半。
 あれは女から突きつけても三行半なのかどうなんだろう。
 くだらないことを考えた、「出ていって」、そう女は言った、そう言えばそこの女の家だった。
 女は別の男を住まわせることにしたらしい。

 抱いた身体を別の男が抱くのかと思ったら、ちりりと胸を灼くものがあったがそれ嫉妬なのか単なる惜しみなのか男には判然としなかった。
 だが、女が己ひとりで生きるわけではなく、男を追い出して結局後釜を迎え入れただけなのだとそう思うと、何故か溜飲が下がった、心の中で女はやはりしようがない生き物だとそう思いたいだけなのかも知れなかった。

 男はろくでもない男だったし女も大抵には禄でもなかったが、似合いの夫婦になるだろうと思っていたたまにどちらかが捕まってそして今更手紙でやりとりをする。女の字は丸っこくて、子供の書いた字のようだった、その幼さが実は男は気に入っていた。男は字だけはうまかった、だから女は書く必要がある時にはいつでも男に頼んだ、付き合いごとの祝儀袋葬式の香典。ライターと煙草を箱で、そして筆ペン一本いつも持ち歩いているような男だった。他に能がなかった、まともな職に就いた試しもなかった、背負った看板はいつも倒れた。全くろくでもなかった。

 久しぶりに男は帰ってきたそして女の部屋を訪れた白い肉が恋しかった、そうしたらそう言った成り行きで追い出された。
 男も女もいつも同じだ、女は少しの間に何人もの男を変える。

 男は上空を振り仰いだ、夜の空に虹が架かっている、月を囲むように。

 男はひとつふかく息を吸うと夜の街に歩き出す、あてのある女はひとりではない、そうして全くろくでもない男だったのだ。
 夜に虹がかかる。
 夜の虹は輪になっていて、途切れがない。

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