見出し画像

君に贈る火星の

 エマは受け取った花を瓶に挿し、テーブルの隅に置いた。窓からは曇り空の、午後の淡い光が差し込んでいた。

「貴方の顔を覚えていたのが不思議なくらい」

 反対側に座ったリックはわずかに口元を歪め、しかたなさそうに笑った。それからしばらくの間、石のような沈黙が部屋を満たしていた。

「何という植物なの」
「モルフォ草」とリックは言った。エマは怪訝な顔をしてリックの目を覗き見た。
「ずいぶん大きい気がするけど。形も違うわね、私が知るのとは」
「重力が小さいからね」とリックは言った。
「のびのび育つ」

 リックは立ち上がって、青銀色の花弁を指で擦った。乾いた土塊が弾けるようにして、花びらは細かい粉になって消えた。
「はかないものだ、夢は。所詮は箱庭の自由さ。でも、君さえ……」
 エマは腕を組み、言った。
「火星の次は系外? いつまで隣の芝を追い求めるの?」

 リックは苦笑して首を振り、窓外を見やった。
 懐かしい赤の夕焼けがすぐ、彼の目を奪った。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?