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空飛ぶストレート

「もう、こんな時間か」
 男は壁の掛け時計をぼんやりと見上げ、自嘲するように薄く笑った。他の客は、皆すでに帰ったようだった。
 店主は煙草を吹かしながら向こうを見ていた。吐き出された紫煙が音なく漂っている。
「マスター」
 呼ばれると、店主は灰皿で煙草をもみ消した。
「一番きついのをくれ」
 店主は短く頷いた。
「ロック?」
 男は軽く返事をしたが、すぐに考え直した。
「いや、ストレートで」
 店主は男を見た。男は不敵な笑みを作り、店主を見返した。
「大丈夫。あと一杯飲んだら帰るから」

 差し出されたグラスを見て、男は満足げに頷いた。
「いい色だ」
「ああ。空飛ぶストレートさ」
「え?」
「綺麗さっぱり、何もかも忘れる」
 男は一口飲み、唸った。
「確かにぶっ飛びそうだ」

 しばし沈黙の後、男は静かに立ち上がった。目の奥には、何か決意の色が示されていた。

 早足に歩き去っていく男の背に向かって、店主は小さくつぶやいた。
「ハブ・ア・グッド・フライト」

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