農薬を危険視するさまざまな声 《食卓の安全 study-4 日本編-前編》
4回目となったこのシリーズ。ここでちょっと内容をおさらいしておこう。
●《study-1》では、大手スーパーイオンが有機JAS認定を受けたオーガニックブランドを展開していることを紹介した。
●《study-2》では、農薬の恩恵について紹介した。高い品質で大量生産を可能にする農薬は、人体に被害が出ないよう行政が使用基準を厳しく管理している。
●《study-3》では、世界でネオニコチノイド系とグリホサート系農薬に反対する声が上がる中、日本の行政は安全を主張していることを取り上げた。
いま気になるのは、グリホサート系農薬を危険視する世界の動きと、日本は逆行しているということだ。
■農薬の技術革新は、日本の農業を救っている
《study-2》で述べた農薬の恩恵について補足すると、日本の総農家数は約170万戸(R2年)である。たった170万戸で1億2千万人以上の食糧を毎日生産し続けているのだ。
この中には兼業や高齢者だけの農家も含まれる。農家の立場からも農薬を安全に使って生産性を上げ、しっかり売り上げを立てたいのは当然だ。
農薬は、除草や害虫駆除の性能向上だけでなく、人体への安全性を高める技術革新がなされてきた。使用を許可する行政も、厳しい安全基準を設けている。
まずこの現状を押さえておくことが大切だ。
■農業発展を推進する行政に、反対や不信の声
2017年、厚生労働省は「食品におけるグリホサート系農薬・残留基準値の改正」を公表した。
これを受け、メディアやSNSを中心に「残留農薬基準値、大幅緩和!」との批判が高まっていく。また基準値改正以降、新たなグリホサート系農薬も次々と新規登録(使用許可)されている。
厚労省は「基準値改正」を公表した後、一般からの意見公募(パブリックコメント)を行った。504件の意見が寄せられた中、緩和に賛成する意見は見られなかったという(有機農業ニュースクリップ2017.12.26 No.875より)。
ところが騒ぎとなった「基準値改正」については、メディアが「グリホサート大幅緩和」の部分だけを切り取って批判し、ミスリードしたという指摘もある。
「基準値改正」の内容は、正確には緩和と規制(厳格化)の両方が混在している。緩和されたのは小麦やなたねなど33品目。規制(厳格化)されたものはいんげん、きのこ、肉類など35品目。
健康に影響を与える可能性が出るのは、残留農薬量が1日の摂取許容量を超えたときだ。この基準改正では、すべての作物を摂取しても1日の許容量を超えない範囲で作物の残留内訳が増減されている。本質的には、健康被害の心配は不要ということになる。
■最先端農業の推進派と、農薬・化学合成物反対派
それでも疑問は残る。厳しく規制されたものはそれでいい。でも小麦など、わざわざ残留農薬の基準値を緩めたのはなぜか。
日本は小麦やトウモロコシなどの穀物はほぼ輸入に頼っている。最大の輸入先・米国は、穀物類のグリホサート残留基準値が日本より緩い。これでは日本の厳しい規制規準によって輸入できない。
そこで米国の規準に合わせ、従来の数倍も基準値を緩めたとも言われている。ただここまで緩くしても、実はこの値は国際基準値なのだ。ならば問題ないとするのが日本の考え。
この判断を合理的と捉えるか、リスクを無視していると捉えるかだ。
■欧州は予防原則、日本は科学的検証結果を重要視
《study-3》で述べたように、欧州に見られるグリホサート使用禁止や排除に踏み切る背景には、予防原則という考えがある。予防原則とは「潜在的なリスク存在の理由がある限り、化学的な証拠が提示されない段階でも予防的対策をとる」ということだ。
対する日本はもっとクール。あくまで科学的検証による結果を重視する。憶測の域を出ないリスクについては徹底的に実験検証し、導かれた結果でしか判断しない。無駄なリスクをとって農業発展を妨げるより、前向きと言えなくもない。
どういった検証や判断がされているか、わかりやすく見られるサイトがあるので紹介しよう。
■安全を主張する科学的解説が見られるサイト
[AGRI FACT]というサイトでは、農薬に反対する論評や報道には事実誤認も多いと記され、それらの検証記事が掲載されている(農業技術通信社運営:主な執筆者は獣医師・大学関係者・農業ジャーナリスト他)。
このサイトから、2つの検証記事の要点を拾ってみた。
まず、「世界レベルでグリホサートの規制・排除の流れ」という認識は間違いだと指摘する記事。
2020年10月の調べによると、グリホサート承認国は153カ国と多い。むしろ規制や排除の判断を下した国は数カ国レベルということだ。
またグリホサートの健康被害では「発がん性」が問題になっているが、今は否定見解が一般的だと記事に書かれている。
そもそも発がん性の指摘で話題になったのは、2015年のIARC(国際がん研究機関)の発表である。だがその翌年にはWHO(世界保健機構)とFAO(世界農業機関)がIARCの見解を否定。多くの有効性ある論文を精査し、「発がん性なし」というのが新たな発表であると記されている。
■否定されてもなお、疑問は残る
むやみに農薬を敵視し、農業の発展を妨げるのは良くない。だが疑問は残るのだ。
例えばグリホサート承認国が多いからといって、安全の証になるだろうか? 使用承認の背景に、政治的・企業的思惑が介在していないか?
農薬とセットで話題になる遺伝子組換え、種子法改正、食品ロスなど、総合的に考えるべきではないだろうか?
次に「発がん性」のリスクだが、実際に健康被害に遭っている人は大勢いる。その多くは薬剤を撒いた使用者と言われている。原因が作物の残留農薬摂取ではないと断言できるのか? また散布の危険性は無視していいのか? 土壌への影響や環境汚染はどうなのか?
次回「農薬を危険視するさまざまな声《食卓の安全 study-5 日本編-後編》」では、これらの疑問に対して総括し、この問題を締めくくりたい。
**この記事は、下のサイトの情報も参考にしています。
*写真はThisisEngineering RAEng、Tony Pham on Unsplash、Skica911によるPixabayからの画像を使用しています