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“ありふれた”ことばが面白い!? 〜辞書コラム

辞書で「笑う」とか「泣く」なんかを引く人は少ないんじゃないかな。

辞書すら引かないことが多いのに、知ってることばをなんでわざわざ‥‥と思って当然。

ところがわかりきっているシンプルなことばほど、意外に深くて楽しめたりする。

たとえば・・・
辞書の話でよく例に出るのが、「右」をどう説明するかだ。

「右」の説明なんて、簡単そうで難しくない?



辞書ではこんなふうに説明されている。

「右」とは──

●「アナログ時計の文字盤に向かった時に、一時から五時までの表示のある側」
(新明解国語辞典)

「人体を対称線に沿って二分したとき、心臓のない方。体の右側」
(明鏡国語辞典)

「この辞典を開いて読む時、偶数ページのある側」
(岩波国語辞典)

*「右」語釈の名作と誉れ高いのは岩波国語辞典)


なるほど。それは右に違いない」と納得できるさまざまな語釈(語句の説明)。単純だからこそ、読めば読むほどグッとくる。


▼「泣く」の説明を辞書で見る


では、「泣く」はどう説明できるだろう。
「涙を流すこと」なんだろうけど、それだけではどうもしっくりこない。

電子辞書・スーパー大辞林の語釈を見てみると、

① 人が,悲しみ・苦しみなどのために声を出し,涙を流す。また,喜びなどで涙を流す場合にもいう。
「人前で大声で―・く」
「赤ん坊が―・く」
「音のみ―・きつつ恋ふれども」〈万葉集•481〉
② ひどい目にあって,嘆き悲しむ。「不運に―・く」「重税に―・く」
③ 無理な要求を受け入れる。「しかたない,もう百円―・きましょう」
④ そのものにあたいしない。「看板が―・く」


そう、「泣く」は涙を流して泣くだけではない。

「重税に泣く」
「こんな対応では老舗看板が泣く」

など、「泣いている状態」を想像させるような苦しい、残念なシチュエーションでも使っている。

「泣く」はひとつじゃ割り切れないのよ


当たり前すぎて気にもしていないけど、私たちは「泣く」を応用した微妙な日本語を使いこなしているのだ。

三省堂国語辞典(第八版)新明解国語辞典(第八版)でも、差はあれどほぼ同じような語釈と用例が掲載されていた。


▼明鏡国語辞典〜「泣く」の表現をもっと豊かに 


さらに深掘りしている辞書がある。

語彙力重視が特徴の明鏡国語辞典だ。

明鏡国語辞典の「泣く」欄
オレンジ部分全部!



「泣く」の語釈や用例、慣用句に関しては他の辞書とそれほど変わらない。

特徴的なのは、【「泣く」を表す表現と修飾語】を掲載していることだ。

全部書ききれないので一部分だけ抜粋してみた。

▶「泣くを表す表現」

・涙を催す[覚える/見せる]
・目をうるませる
・目に涙を浮かべる[ためる/たたえる]
・涙[うれし涙]を流す
・涙をこぼす[落とす]
・涙をそそぐ
・涙を誘う  
他 引用省略

▶「泣くを修飾する表現」

  • 肩をふるわせて[身悶えして/全身で/手放しで/腹の底から/正体もなく/ひそかに/人知れず/わなわなと/おろおろと]泣く 

  • 声を挙げて[立てて/出して/放って/忍んで]泣く

  • 声に出して[すすり上げて/しゃくり上げて]泣く

  • 火の付いたように[大声で/さめざめと/燦然と/はらはらと/ほろほろと]泣く  他 引用省略



このようなシチュエーションを映像で思い浮かべると、「泣く」の世界がどんどん広がる。

「今夜、思い切り泣いた」よりも「今宵、涙に沈んだ」の方がカッコイイし、打ちひしがれている映像(様子)がまざまざ浮かぶ。

いや、映像が思い浮かぶ表現、文章だからカッコいいのだ。


日本語は情緒を大事にしている言語なんだなあ。


▼文章作成の強き友 ベネッセの隠しダマ


もうひとつ注目したいのが、ベネッセ表現読解国語辞典だ。
語釈そのものよりもことばを使うためのガイドと言うべき辞書。他の辞書とは一風違って個性豊か。


ベネッセも「泣く」の語釈と用例に関しては他辞書とそれほど変わらない。特筆すべきは「もっとピッタリ」という表現チャートだ。

この辞書は、とにかく文章作成の実践マニュアルみたいなもの。
国語の家庭教師みたいな存在だ。
いつも見るわけじゃないけれど、困ったときには頼ってしまう隠しダマ。


ベネッセ表現読解国語辞典
オレンジ囲みが
「もっとピッタリ」表現チャート


辞書のチャートをまとめ直してみた。

ベネッセベネッセ表現読解国語辞典より
まとめなおし


「泣く」の状態が5分類され、それぞれにふさわしい表現が一覧
できる。
これは便利。
この表を見ながら「泣く」という単語を使わずに、泣いて泣いて泣きまくる文章作成が楽しめそう。

雨降る街の片隅で、迷子の子犬が母犬を懸命に探している─。
そんな映画のワンシーンに目頭が熱くなった
ソファの向こうをふと見ると、彼が嗚咽している。
ポーカーフェイスを気取る彼だが、動物モノには弱いらしい。
そんな一面を知ってしまい、私、これまたほろり
今日はなんという涙びよりであることか。

▲「泣く」と書かずに「泣く」を表現して遊んでみた


⨯ . ⁺ ✦ ⊹ ꙳ ⁺ ‧ ⨯. ⁺ ✦ ⊹ . * ꙳ ✦ ⊹


今回はありふれたことばを引いて、辞書の世界を眺めてみた。
辞書は知っていることばを引いたって、やっぱり未知なる世界に誘われる

日本語、楽しい。


ではまた次回お会いしましょう(感謝の涙)



次回も続けて「辞書コラム」を投稿します。
某noterさんとある罵倒ことばの辞書語釈が面白いとコメント欄で盛り上がり、その連鎖で意外なハレンチ事件と文学史の汚点(笑)を知ることになりました。この辞書連鎖をお話しします。



これまでの辞書コラムもご一緒にどうぞ★