あなたをもっと知りたくて 〜辞書コラム
こんな会話が熟年夫婦の間でさえ、交わされているらしい。
もちろん男ばかりの溜息でなく、女も実社会のやるせなさと戦っている。
ところで。……実社会ってなに?
社会ではダメ?
はい、ハルカコラムでは辞書を引く。
でもその前に、ちょっと自分の頭でも考えてみたい。
思い浮かぶ「実社会」のイメージワードは、「厳しさ」「競争」「対立」。
ほんわかしたワードは皆無かな。
では今回は、いろんな辞書の「実社会」の語釈から見ていきたい。
▼「実社会」の語釈、ピンとくるのはどれ?
▼スーパー大辞林(Macデフォルト搭載の電子辞書)「実社会」
▼ベネッセ表現読解国語辞典 特装版「実社会」
▼明鏡国語辞典 第三版「実社会」
ここまでの辞書、どれもアッサリ。
現実的に直面する社会のことだと強調している。
では新明解国語辞典はどうだろう。
▼新明解国語辞典 第八版「実社会」
やっぱり新明解は個性が際立つ。実際の社会がどんなものか、説教されているようだ。
虚偽と欺瞞……、試練の毎日。
辞書にパシっと答えを求めたい人にとってはクドいかもしれないが。
同じ語釈でも辞書によってこれだけ違うなら、自分でも考えたくなってしまうな。
▼客観的な辞書の方が珍しい?
ことばの意味(語釈)を書く辞書の編纂者は、客観性をどう考えているのだろう。
文春文庫『辞書になった男 ケンボー先生と山田先生』の中に、三省堂国語辞典の編者である飯間浩明氏の興味深いインタビューが載っていた。
「客観的な記述を心がけていたとしても、編纂者の人生経験や思考、考えていることなどが自ずとにじみ出てくるものなんです。主観的な記述だから表れてくるんじゃない。客観的な記述を試みていても、出てきてしまうものなんです」
三省堂国語辞典は、新明解と違って客観的視点を大事にしている。
その三国(三省堂国語辞典)の継承者・飯間浩明氏にしてこの意見なのだ。
素っ気なさも、くどさもすべて個性。
どう語るかも編者の主観の表れだとすれば……。
もっともっと知りたくなるではないか。
辞書の個性を。
辞書という、あなたのことを。
▼叩かれた個性 (語釈紹介→政界)
辞書の編集界では、他社辞書どうしの語釈引用・模倣作成が蔓延していた。
それに異を唱えたのが、明解国語辞典の編集を手伝っていた山田忠雄先生だ。
山田先生は昭和47(1972)年、他のどの辞書からも引用されない個性的な辞書を作り上げた。
これこそが、新明解国語辞典の誕生なのである。
「辞書は“文明批判”である」。
これが山田先生の信念だ。
辞書で文明批判???
前出の『辞書になった男 ケンボー先生と山田先生』に掲載された、文明批判とも言える「政界」の語釈を紹介しよう。
“政治家ども”なんて、辞書とは思えない主観的な語釈ではないか。
このような批判めいた語釈の数々を連ね、新明解国語辞典は世に登場した。
当然、初版刊行にあたってはメディアや各団体、個人からのクレーム攻撃が凄まじかったという。いつの時代も出る杭は打たれるのか。
世間からは差別的な語釈についても多く指摘され、それらは改訂版で修正が施されていく。
新明解国語辞典は山田先生の亡き第五版以降、編集会議で行き過ぎた「毒」をそぎ落とす方針に切り替えられた。
とは言え、他辞書が決して真似できないような個性的な辞書作りの信念は踏襲されている。
例えば最新版・第八版の新明解国語辞典で「政界」はこう改訂されている。
「政治家ども」の「ども」が削除改訂された。
それでもなかなかアグレッシブな語釈である。
初版では「マンション」や「動物園」等を含むさまざまな語釈が問題になったが、詳細はぜひ『辞書になった男 ケンボー先生と山田先生』をお読み頂きたい。
新明解をお持ちの方は、「動物園」を引いて他辞書と比べてほしい(ネット検索で他の語釈はいつでも閲覧可能)。
新明解はかなり批判的だ。改訂後の第五版以降でさえ、けっこうキツイ語釈である。
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新明解国語辞典は、ややもすると「お笑い・皮肉風刺辞典」の印象を抱かれがちだが全然違う。そんな軽いものではない。
笑いを誘いたいのではなく、文明批判という真摯な立ち位置での語釈なのである。
私は新明解国語辞典のファンだし、強烈な推しでもある。
でも自分にとってパーフェクトな辞書だとは思っていない。
個性が偏れば足りない部分があるのは、当然。
「辞書は一家に一冊」なんて規制はないのだから、ほかにもお気に入りのカレシ的辞書群を侍らせ、辞書ハーレムの知的でステキな世界を楽しむ方がずっといい。
▼みんなちがって、みんないい (語釈調べ→シカト)
辞書ハーレムは、例えばこんなふうに知的好奇心をサポートしてくれる。
夫の小言がうるさくて、つい聞き流してしまう私。
せっかくシカトしてんだから、黙って放置でお願いしたいのだけれど……。(悪妻っぷり)
でもシカトって、どこから来たことばだろう。
ここで真っ先に引くのは新明解ではなく、明鏡国語辞典だ。
現代語、流行語に滅法強い情報通辞典である。
▼明鏡国語辞典 第三版「しかと」
シカトが花札から来たことばとは!
では新明解、そしてベネッセ表現読解国語辞典でも引いてみよう。
▼新明解国語辞典 第八版「しかと」
はぁ!?
これはシカトではなく、「確と承った」の「しかと」ではないか……。ガッカリ。
新明解には「無視するシカト」は載っていなかった。
ベネッセ表現読解辞典も新明解同様、「確と」の意味だけだ。
明鏡だけは両方、掲載。
どの辞書サマも得意不得意、目指す方向性がある。
それこそが個性。
やっぱり自分と辞書の関係に限っては、
一夫一妻制ではなくハーレムがよろしいようで。
みんなちがって、みんないいでしょ。
▼外したくないこの本とnoterさん
最後に、記事中で多く引用した文春文庫『辞書になった男 ケンボー先生と山田先生』のことを触れておこう。
この本には、三省堂国語辞典の編纂者・ケンボー先生こと見坊豪紀先生と、新明解国語辞典の編纂者・山田忠雄先生のことが書かれている。
おふたりは明解国語辞典で共に編集にあたっていたが、ある時期に決定的な断絶が訪れる。それを機にケンボー先生は三省堂国語辞典で、山田先生は新明解国語辞典でそれぞれの信念を貫かれた。
おふたりの生真面目オタクっぷりにひれ伏すような一冊だ。
生涯を賭けた男の戦い、すれ違いの哀しさとカオスな状況……。凄まじさと涙に震えてしまう。
数学科の国語教師オニギリさんというnoterさんが、この本の紹介記事を書かれている。
それが一風変わっていてとても面白い。
オニギリさんが注目されたのは、三省堂国語辞典と新明解国語辞典に潜む〈謎〉。
ミステリーの謎解き仕様で展開していくこの記事は、noteの賞も獲られたクオリティなのだ。
理系出身の国語教師というオニギリさんの記事は、さすがにロジックの展開が素晴らしい。
しかも図表や写真が多く、記事が楽しく為になること請け合いだ。
ぜひご覧いただきたい。
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次回の辞書コラムでは、さらに深読みの語釈比較、そして温存していた類語ニュアンス辞典の、辞書とは思えない優雅な随筆世界に触れようと思う。
アプリ辞書の快適さも語りたいし。
全然終わらんな、このコラム。どうか飽きずにお付き合いくださいませ。
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