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ニューディール

 平年よりもだいぶ暖かい。今日は稲のすじまきの日だった。
 故郷を離れている親戚も、今日ばかりは村に帰ってくる。おじいさんは90歳を目前にして今年からも田んぼを減らす決断をしたみたいだ。まだ足腰は比較的しっかりしているけれど、影では痛むことも多いのだろう。同居しているわけではない私には想像はできるが、事実は知りようもないことだ。おばあさんは相変わらずおおらかだった。
 昨年と比べて半分になった稲の苗箱の数は、集まった親戚10数名で取り掛かれば小一時間でこなせるものだった。普段は各々の場所で食いしばっている歯もこの場所では緩む。稲のすじまきはそれほど特別な技術が必要な作業ではない。60cm×30cm×3cmくらいの長方形の箱に土を敷き、籾を敷き、そして土を被せる。その後、畑の隅の苗床にした場所に伏せ込んで保温シートを被せる。親類みんなで食べるお米全てを作るのにその箱を70も作れば十分だ。労働というほどの苦労ではなく、久しぶりに会う家族と雑談する際に目を合わせて話すのが少しこそばゆい時に、それをしていることでスムーズに会話できる。
 この間〇〇のライブに行っただとか、同級生の誰それが結婚しただとか、東京に行ったあいつが転職を決めただとか、多種多様なショートストーリーが緩やかに関連し合いながら家族の口から紡がれていく。そうしてまた、浮世で溺れている自分も現在地を確認する。みんな色々あるけれど怪我や病気はなくそれなりに過ごしていることを確認する。
 天気も良かったし村の桜が咲き始めていたので、今年のすじまきはこの日で良かったのだろう。

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