タイ・バンコクの夜風を思い出す。
タイ・バンコクのことを思い出すとき、
脳裏に一番はじめに思い浮かぶのは昼間の景色ではなく、髪を揺らして通り過ぎていく生温い夜風だ。
未知のウイルスが世界を脅かすその一年ほど前、当時の仕事の出張で一週間ほどバンコクに滞在した。
昼間はイベントの準備やら運営やらで一日中会場に缶詰めで、
昼食の350円のカオソーイを楽しみになんとか乗り切る、かなりハードな日々だったけれど。
夜になると、束の間の自由な時間がやってくる。
デニムにTシャツ、サンダルをつっかけて、一緒に仕事をしたメンバーと仄暗いテラスで夜ご飯を食べた。
ひとりでナイトマーケットへ出かけてみた。
歩き疲れて毎晩毎晩、安くて最高に質の良いマッサージへ通った。
ビールは苦手なわたしが、唯一バンコクにいる間だけはタイビールのシンハーを飲んだ。
暑い国特有の陽気な人びとの笑顔と、聞きなれない言語の飛び交うその空気に浮かれていたのか、今となっては不思議だけれど。
タイにいなければこんなに親密に関わることのなかったであろう初めましての人たちと、肩を並べて夜道を歩く。
「タイでは一年に数日だけ、二日くらいかな。最高に気持ち良い風が吹く日があるんだよ。あとはもうひたすら暑いだけ!」
そう言って豪快に笑っていた彼は、今はもう、遠い空の上にいる。
凄い勢いで行き交うバイク。排気ガス。安くて美味しいタイ料理。ジョッキのシンハー。美しい寺院。道端で祈るひとたち。
ナイトマーケットで買ったゆるゆるのタイパンツをクローゼットの奥から引っ張り出すとき。
いつも。バンコクの生ぬるい夜風を思い出して、今となっては夢みたいなあの日々をおもう。
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