サンゴで人類を救う。環境移送ベンチャー・イノカが挑む“世界初”
2020年7月、東大発ベンチャー・イノカは、サンゴの人工抱卵を実現しました。独自の「環境移送技術」を活用し、虎ノ門にあるオフィスビル内、会議フロア一角で達成。水槽の映像を無料でライブ配信し、世界中から産卵の瞬間を見守る体験も提供しました。
今回の成果を踏まえ、2020年8月からは、人工産卵のための実証実験が始動します。完全閉鎖系の人工環境下において、産卵時期をコントロールした人工産卵に成功すれば、世界初の快挙。イノカが目指す「人と自然が、100年先も共生できる社会」の実現に向けた、大きな一歩となります。人類の歴史を変えるチャレンジに懸ける想いと、イノカがその先に描いているビジョンを、CEO高倉葉太が語ります。
高倉葉太
1994年生まれ。東京大学大学院・暦本研究室卒。在学時代にはハードウェアの開発会社を設立し、様々なプロジェクトに携わる。2019年4月に株式会社イノカを設立。「自然の価値を、人々に届ける」を経営理念に掲げ、生態系を再現する独自の「環境移送技術」を活用し、大企業と協同で環境の保全・教育・研究を行っている。
起業家人生を賭けて取り組んでいる、サンゴの人工産卵実験。
その第一歩となる「サンゴの人工抱卵」を実現しました。産卵までは至らなかったものの、卵がサンゴの体内に生まれたということです。
※サンゴが抱卵を確認した際の写真。ピンク色の卵が確認できる。
この成果を活かし、2020年8月からは、「小型水槽内での人工産卵」かつ「産卵時期をコントロールした人工産卵」という未踏のチャレンジに踏み出します。これは、成功すれば世界初の快挙です。
「サンゴの人工産卵」と聞き、ピンと来る人は決して多くないでしょう。でも、断言させてください。もしこの実験に成功すれば、サイエンスの常識を大きく変えるための第一歩となります。
それどころか、過去数千年にわたって繰り広げられた「人vs自然」のせめぎ合いに、終止符を打てるかもしれない大事件なのです。
サンゴって「産卵」するの?
そもそも、「サンゴが卵を産む」こと自体に、違和感を覚える方もいると思います。
サンゴといえば、海藻と同じような植物の一種、といったイメージを持っているかもしれません。
でも実は、サンゴは動物なんです。クラゲやイソギンチャクと同じ、「刺胞(しほう)動物」と呼ばれています。
サンゴという動物は、卵も産みます。ただし、かなり特殊な環境でしか産卵してくれません。サンゴに適した環境は、水温25℃から28℃のとてもあたたかい海だと言われています。
自然界でも珍しいサンゴの産卵を、東京・虎ノ門の小型水槽で実施しようとしているのが、今回の実験というわけです。
経済価値は86兆円、人類の2割を支えるサンゴ
では、サンゴの人工産卵がなぜ、「サイエンスの常識を大きく変えるための第一歩」となるのでしょうか。
その理由は、サンゴが秘める巨大なポテンシャルに隠されています。
そもそも、普段の生活でサンゴに触れる機会は、なかなかありませんよね。それもそのはずで、サンゴが集まってできるサンゴ礁は、地球表面のわずか0.1%の面積しかありません。
でも実は、そんな小さなサンゴ礁に、確認されているだけでも、9万種の水生生物が生息しているのです。なんと、これは地球上の水生生物の約25%にあたります。
そしてサンゴ礁は、多くの水生生物のすみかとなっているだけでなく、経済的な価値もとてつもなく大きい。全世界のサンゴ礁をあわせると、推定8,000億ドル、つまり約86兆円の資本価値があると言われているのです。
まず、サンゴ礁に住む生体の研究から、毎年5000億円の経済価値が生み出されています。地球上の水生生物の4分の1が暮らすサンゴ礁は、イノベーションの源泉なんです。
環境保護の観点でも大事です。サンゴ礁は、大気中の二酸化炭素を吸収し、炭素を海洋に固定するブルーカーボン生態系としても注目されており、温室効果ガスの抑制効果も指摘されています。まだ明確な研究結果は出ていませんが、「地球の肺」とも呼ばれるアマゾン雨林のように、「海の肺」として機能している可能性もあります。
漁業においても、大きな役割を果たしています。海ぶどうなど、サンゴ礁でしか取れない漁獲物も多く、サンゴ礁1平方キロメートルあたりで、1,000人以上を養うのに十分とされている、年間で15トンの食料を生産。世界人口の約2割、80以上の国における数え切れない地域社会が、収入と食料をサンゴ礁に依存していると言われています。
その他、人間の住みよい海岸地域を実現するために「護岸」する役割も果たしています。
また、実は綺麗な砂浜は、サンゴを食べる魚のフンの集まり。サンゴがあるからこそ、エメラルドブルーの海が実現している面もあるのです。
絶滅の危機に瀕している“人類の宝”を守る
こうして、実は人類の生活を大きく支えているサンゴ。
しかし、いまサンゴ礁は、世界的な絶滅の危機に瀕しています。海水の温暖化や酸性化、海洋汚染の影響で、20年後には9割が死滅し、2100年までにはほぼ全滅すると言われているのです。
これは人類の危機と言っても過言ではないでしょう。
直接的な経済的損失が大きいのはもちろん、今後起きていくはずのイノベーションも失われます。海中の二酸化炭素の濃度が上昇し、サンゴ礁の外で暮らす水生生物への悪影響も発生するでしょう。綺麗な海と砂浜でのバカンスも、二度とできなくなってしまいます。
この危機から人類を救うのが、イノカの役目。
僕たちがサンゴの人工産卵に取り組んでいるのは、この人類の宝であるサンゴを守るためなのです。
人工産卵が可能になれば、サンゴを守るための研究が大幅に前進します。
自然界における産卵は、年に1回だけ。でも、人工でいつでも産卵を実現できるようになると、ハツカネズミやショウジョウバエのように、サンゴを何世代にもわたって研究調査を行うモデル生物として扱えるようになります。
小型水槽内での人工産卵技術が確立すれば、ビルなどの一般的な都市空間のような場所でも産卵できるようになるため、さらに飛躍的に研究が促進されます。
サンゴを絶滅から守るためにはどうすればいいのか。仮にサンゴ礁がなくなってしまったとして、地上にサンゴを移送することは可能なのか──人工産卵が実現すれば、サンゴを守るための知見が、大きく明かされていくでしょう。
サンゴの人工産卵が実現しなかった理由
これまでも、人工産卵にトライしてきた人たちはいました。水生生物の研究者が、沖縄の天然の海水を使って成功させたケースもあります。
しかし、今回の実験のような、完全閉鎖系の人工環境(※)では、成功例がありません。
(※)自然の海洋環境と接続されておらず、人工的に生成した海水を独立した水槽内で循環させる閉鎖環境。
なぜなら人工環境下での人工産卵は、研究者にとって費用対効果が悪かったからです。
研究者たちの目的は、分析結果を得て、論文を書くこと。予算も潤沢とはいえないなかで、サンゴの飼育そのものにお金や労力をかけている余裕はありません。そもそも、沖縄の海でも研究はできるなかで、人工環境を構築しようとするモチベーションは生まれにくい。
一方で、サンゴの飼育そのものに命を懸けている人たちもいます──アマチュアの水生生物マニア、すなわち「アクアリスト」です。
砂の敷き方、機械の設定、水流の起こし方……アクアリストたちは、熱帯魚にとって住みよい環境を実現するための知見を、膨大に持っています。
このアクアリストの知見を活かせば、沖縄の海よりも研究に適した環境が構築できるかもしれない──。
これまで接点がなかった、研究者とアクアリストをつなぐ。そのためにスタートしたのが、人工産卵実験なのです。
生態系をリバースエンジニアリングする「環境移送技術」
今回の実験では、水温を沖縄県久米島沖の海洋環境と同期し、沖縄の海を再現させます。
これを実現するためにカギとなるのが、僕たちイノカの「環境移送技術」です。
環境移送技術とは、自然と限りなく近い環境を、都市空間に再現する技術のこと。趣味で生態系を構築してきたアクアリストのノウハウと、イノカのIoTテクノロジーを組み合わせることで、海の生態系を地上に再現できるようになるのです。
いわば、自然の生態系をリバースエンジニアリングし、「移送」しようとしているわけです。生態系の移送技術が実現すれば、「どうすれば自然を傷つけずにすむか」が分かり、自然の価値を積極的に伝えられるようにもなります。
これは、自然と人類の「共通言語」をつくり出そうとしているともいえます。
これまで環境破壊が問題となっていたのは、そうして「対話」する術がなく、人が自然を一方的に搾取していたから。
テクノロジーの力で、「人vs自然」の二項対立を超えていきたいのです。
「とにかくアウトプットし続ける」エンジニア精神
環境移送技術を磨き上げられるのは、イノカがエンジニア集団だからです。
サイエンス企業でも、アクアリスト企業でもなく、テクノロジー企業。メカニック、エレキ、ハードウェアなど、IoT技術に強みを持ったエンジニアを集め、数々のハードウェア開発を手がけてきました。
「とにかくアウトプットし続ける」エンジニア精神が、イノカの武器なのです。
Appleを超える、ものづくりの会社をつくる──僕はスティーブ・ジョブズに憧れ、学生時代からこんな夢を見続けていました。
この夢を叶えるために、僕はずっと「ものづくり」に取り組んできました。大学生の頃から、趣味でIoTデバイスを作ったり、企業のシステム開発をお手伝いしたり。大学院では、東京大学の暦本研究室(あの落合陽一さんを輩出した研究室でもあります)に所属していました。
ただひたすらにものをつくり、技術力を磨き続けてきました。起業したのも、その道を極めたかったからです。最先端のテクノロジーを駆使したものづくりを通して、革新的なサービスを生み出し、人類の進化を早めたい。それだけを考えていました。
技術力のその先へ。人生を変える一冊との出会い
ただ、当初は「テクノロジーの力で、人vs自然の二項対立を超えていきたい」とは考えていませんでした。
イノカの根幹となる思想が生まれたのは、起業準備を進めていたときに、ある一冊の本に出会ったのがきっかけです。
世界的なテクノロジー雑誌『WIRED』の創刊者の一人であるケヴィン・ケリーが書いた『テクニウム――テクノロジーはどこへ向かうのか?』という本を読み、衝撃を受けたのです。
この本には、テクノロジーの進化には一定の方向性があり、人が何をしようと、ある程度は決まった方向性に進んでいくといった話が書かれています。あらゆるテクノロジーの発展の背景には、「テクニウム」という抽象的なシステムがあり、それこそがテクノロジーを複雑化させたり、多様化させたりしている、と。
読み終わったとき、IoTやAIといった最新技術を追いかけているだけでは、人類の進化に影響は与えられないと悟りました。せいぜい、テクノロジーの進化スピードを早めることしかできないと、気付かされたのです。
テクノロジーの力で、自然のポテンシャルを解放したい
いま振り返ると、ここで「ただ最新技術を追いかけているだけではダメだ」と気付かされたことが、人生の転機となりました。
『テクニウム』を読み、これから何に取り組んでいけばいいのかが分からなくなりました。
でも、「人類の進化を加速させるためにはどうすればいいのか?」と悩む中で、気づいたんです。僕には、ものづくりの他にもう一つ、人生を捧げられるほど大好きなものがあったと──それこそが、アクアリウムです。
このときの葛藤については、イノカを起業したときに書いたnoteにも詳しく書いていますので、あわせて読んでいただけると嬉しいです。
そして、生き物たちは、最新技術とは比べ物にならないスケールのポテンシャルを秘めているとも気がつきました。
なぜハエは、あんなに小さいのに、あんなに複雑で精密な動きを取れるのか。なぜ人間は、おにぎりを一個食べるだけでも活動できるのか。機械や情報技術の研究に命を懸けてきたからこそ、自然の複雑さや精密さに、心底驚かされたんです。
そして、人類が生まれるはるか昔、ジュラ紀から活動しているサンゴ。そのメカニズムにはまだまだ知られていないことが多く、だからこそ無限のポテンシャルを秘めていると思いました。
テクノロジーと自然、大好きなこの二つを組み合わせたい。テクノロジーの力で、自然のポテンシャルを解放したい──。
こうして、「人と自然が、100年後も共生できる社会」をつくる挑戦が始まりました。
ここで声を大にして言いたいのが、よくある「エコ思想」や、いわゆる「生類憐れみの令」とは違うという点です。「美しい自然を守ろう!」とだけ主張しているわけではないのです。
僕は「自然を守るため、人が我慢しよう」とは考えません。なぜなら、人も「生き物」の一種であることには違いないから。人の幸せを軽視してしまうと、それはそれで「自然を大切にしていない」ことになってしまうと思っています。
イノカは「生き物ファースト」の考え方を大切にしていますが、この「生き物」には人も含まれるのです。自然だけを大切にするのではだめで、人と自然、どちらも幸せになる方法を考えなければいけません。
サイエンスを飛躍させる、研究プラットフォームをつくりたい
イノカは、滅びゆくサンゴ礁を救う「ノアの方舟」になります。
サンゴ礁を地上に再現できるようになれば、サンゴを守るための研究が大幅に前進し、サンゴ礁で生まれるイノベーションは加速していくでしょう。
もっと言えば、これは「サンゴ」に限った話ではありません。今回の抱卵を皮切りに、地球上のあらゆる水環境を再現できるよう、イノカは活動を加速させます。
サンゴ礁に限らず、水生生物の生態系は、イノベーションの宝庫です。
オワンクラゲから発見された蛍光タンパク質がガン治療に活用されていたり、ロボティクスや建築、化粧品など、幅広い分野で水生生物の研究結果が活用されていたりします。
海藻が生い茂る「藻場」、奥深くに眠る「深海」、そして河川や池、沼……水生生物が暮らす環境は多種多様。人類は、こうした環境に住んでいる水生生物から生まれる、さまざまなイノベーションを享受してきました。
しかし、その多くが、現在は危機に瀕しています。その代表例がサンゴ礁というだけです。たとえば、マイクロプラスチックや地球温暖化などの問題を受けて、海洋環境の問題が世界的に大きな注目を集めています。
そこで活躍するのが、イノカの環境移送テクノロジーです。
こうした生態系を「移送」できるようになれば、絶滅の危機を救えるのはもちろん、たとえば夏にしかできなかった研究を一年中実施できるようになり、イノベーションを促進できます。
イノカは、サイエンスを飛躍させる、研究プラットフォームを作り上げようとしているのです。そのプラットフォームで明かされていった知見を、自然にも人類にも還流していきます。これこそが、「人と自然が、100年先も共生できる社会へ」というイノカのビジョンなのです。
ただ、これは僕一人の手にはあまるような壮大なテーマであることも、また事実です。今回の実験のように、一つひとつ社会実装を続けつつも、同じような問題意識を持った人を増やしていく必要があるとも感じています。
自然と人類の未来について、より多くの人に考えてもらうために、今後はこのnoteで、ヒントになるようなコンテンツを発信していきます。僕やイノカの考えをシェアするのはもちろん、さまざまなジャンルで「自然と人類の共生」に取り組んでいるトップランナーとの対談や、大きなニュースにはなっていないけれど、実は面白い「生き物」にまつわる話などを発信していく予定です。
イノカは、本物の生き物にふれる体験を通して生き物の面白さや自然環境の現状を学べるイベントも定期的に開催しています。その告知も、このnoteで随時シェアしていきますので、フォローしていただけると嬉しいです。
株式会社イノカ CEO・高倉葉太
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